ワザリング・ハイツ -annex-

どんなに忙しい毎日でも、紅茶を飲んで、ほっとひと息。

文学(Literature)

円城塔「松ノ枝の記」を読む

数理分野の研究者でもあった円城は、論文に書けなかったものを小説として膨らませて作品を書くのだという。確かに彼の冗長な文章を追いかけていると、ある事象についての円城自身の仮説を読んでいるかのような印象を抱く。「松ノ枝の記」では、自分の思考を…

『吉野葛・蘆刈』を読む

抱きあわせの小品として岩波文庫に収録された両作は、同じ「奥」の秘密に分入る昔語りの物語である。『神樹の館』や和辻哲郎の記事でとりあげたように、「奥」というのは日本文化において特異な意義をもち、つねに位相の高い場所として表現されてきた。奥の…

『飛魂』を読む

多和田の文学について書いたのはもう五年近くも前になるが、そのときに指摘したのは、言葉のもつ不確かな性質、あいまいさについてであった。それはたとえば、「つくえ」という物体をあらわすとき、「机」と「desk」のどちらの方が“より「つくえ」らしいか”…

『幽』を読む(感想・レビュー)

本屋で偶然見つけた作家である。こんな美しい文章を書く作家がいたのか。東大の研究者でもあり、非常におもしろい著作を多く生みだしているひとでもある。『折口信夫論』や『口唇論』といったすぐれた論考では、作家の卓越した言語感覚も然ることながら、非…

エミリー・ディキンソンを読む(Margaret Homans 註釈)

エミリー・ブロンテの研究で世話になったマーガレット・ホーマンズ(Margaret Homans)の文献がたまたま眼に入り、そういえばディキンソンについて書いたものが入っていたはずだと読んでみたところ、なかなかおもしろいことが書いてあった。いまの自分の考え…

夢野久作を読む

『ドグラ・マグラ』だけでなく、「瓶詰の地獄」や「死後の恋」もまた、自己の基盤が足元から崩れさるような物語であった。夢野久作はそれを“生来の運命”に紐づけて語り、多くの作品で家や出生の問題を中心に据える。『ドグラ・マグラ』の面白いところは、ほ…

『Light, Grass, and Letter in April』を読む

数年前に一度Inger Christensenのalphabetを記事としてとりあげたことがある。残念ながら彼女の作品は邦訳版が出版されておらず、私も英語版でしか読めていないのが現状である。しかしながら、Susanna Nied訳のalphabetはアメリカで翻訳賞を受賞しており、非…

『死体泥棒』を読む

小説として出版されている瀬戸口(唐辺)作品のうちで最もよい作品だと思う。彼の物語は総じて同じ主題を追求したものなのだと改めて感じる。個人的には、小手先だけでいろんな主題を書き分ける作家が大嫌いなので、血を流しながら同じ主題を何度も何度も書…

『半分の月がのぼる空』を読む(感想・レビュー) 続

文春文庫版には収録されていない、完結編とも言える挿話を収録した、電撃文庫版『半分の月がのぼる空 6』のレビュー。いろいろな局面で立ちどまっていたひとたちが、もう一度走りはじめるまでを追いかけた本巻も、相変わらずすばらしい仕上がりとなっている…

『眠れる美女』を読む

川端康成は日本ではじめてノーベル文学賞を受賞した作家であった。そのこと自体は誰でも知っているだろうが、こんなに気持ちの悪いことばかり書く作家が、日本の文学を象徴すると国外で認められた事実に自覚的であるひとは少ないのではないだろうか。私はと…

ヴィスワヴァ・シンボルスカを読む

私が大学生のころに夢中で観た映画はクシシュトフ・キェシロフスキ(Krzysztof Kieślowski)の作品群である。面白いことに彼の代表作「トリコロール三部作」のうち『赤の愛』はシンボルスカの詩に影響を受けたものなのだという。そんな偶然も手伝って、おり…

『日本近代文学の起源』を読む

本作を読んでの一番の収穫は国木田独歩の描写にふれることができた経験であった。独歩の描写をひきながら展開する「風景の発見」も然り、「内面の発見」、「告白の制度」と、どれもかなり力のある論考だったという所感。一年ぶりに読み返してみて、以前より…

『PSYCHE』を読む(感想・レビュー)

こんなに広いのに、その隅々までほんの少しの狂いもなく完全に行き届いているって、そんなこと、本当にあるんだろうか? もしそれが本当だとしたら、僕も完全に行き届いているのだろうか? 心も体も、それをつくる何もかもが正確に動作しているのだろうか?…

『象が踏んでも』を読む(感想・レビュー)

堀江先生の姿は何度もお見かけてしており、こちらが一方的に身近だと感じている作家でもある。私の先生の友人である日本文学の先生も、いま日本で一番いい小説を書くのは堀江だ、と酒の席で言っていた。確かに堀江先生の受賞歴はすさまじい。本当に日本人っ…

英文学おすすめ再掲

文学の過去記事紹介シリーズ最後は英文学。専門なのでやや多めの7人についての記事を再掲。 ●メアリー・シェリー sengchang.hatenadiary.com英文学の小説で一冊選べと言われたら迷わずこれを選ぶ。まさに現代の人間が読むべき珠玉の名作。1818年に書かれたに…

世界文学おすすめ再掲(仏・独・その他)

文学についての過去記事を紹介するシリーズ。今回は英文学を除いた海外文学より選定。いまの自分を形作ったのはこのあたりの文学。 ●インガー・クリステンセン sengchang.hatenadiary.comノーベル文学賞を受賞したデンマークの詩人。現在彼女の著作で日本語…

日本文学おすすめ再掲

過去記事のうちから、三年経ってもいまだ重要だと思う作家の記事を厳選。いま読まれてもそこまで恥ずかしくない記事だろう。たぶん。今回は現代日本文学篇。 ●柳美里 sengchang.hatenadiary.comよく炎上する面白い作家。私小説に近い作品を発表しつづける、…

『CARNIVAL』(小説版)を読む(感想・レビュー)

まずは作者のあとがきを引用してみたい。小学生の頃に飼育員をしていたという作者が、親鶏の産んだ卵をその眼前で傷つけてみたという話。 ・・・・・・ニワトリはすごい勢いで、卵を食べはじめたんです。殻をばりばりと砕いて、むさぼってるんですね。赤い血の膜が…

『半分の月がのぼる空』を読む (感想・レビュー)

私は不治の病ものに弱いので「くるぞ、くるぞ・・・・・・ほらきたー」みたいな展開できちんと泣ける訓練された読者である。不治の病ものは大きな主題が明確に決まっているので、その単純明快な主題をどれほど奥深いものにできるかは作家の器量にかかっており、二…

博士後期課程まで行った文学好きが勧める本の読み方 後夜

前夜から微妙にタイトルが変わっていますがそこはご愛嬌。読む本の探し方なんてものは本当はなく、手にとって読みたいと思ったら、それはもう読む本を見つけたということ。そのくり返しが習慣化したあたりで読むのがこの記事。誰もおまえに頼んでねえと言わ…

博士後期課程まで行った文学好きが勧める本の選び方 前夜(初級編)

記事の更新を意気込んではじめたはいいものの、日本語と英語で作品の読みを展開するだけでは身がもたないことを早くも痛感し、雑文も書くことを決定。更新頻度をあげる狙いもあるが、英語に“翻訳”することの手間とつまらなさに気づいてしまった。もともと翻…

エリザベス・ボウエン「幻のコー」

イギリス女性作家のこの感じを何と言ったらよいのか・・・・・・とにかく硬い。真面目と言うのなら日本やドイツの方がよっぽどという感じがするけれど、イギリス女性作家の色気のない文体は読んでいてなかなか手強いものである。ノーベル文学賞をとったドリス・レ…

Denis Robert / Happiness

I wonder how sex has been dealt with in contemporary French novels. When it comes to love, we say France. Sagan, Collette, and Bataille described so much attractive characters, but if they are here, it must be terribly uncomfortable to be …

デニス・ロベール『幸福』

フランスの現代小説で性がどのように扱われうるだろうと考えていた。恋愛と言えばフランスである。サガンも、コレットも、はたまたバタイユも、とても心惹かれる人物を書いたが、しかしもしそうした作中人物たちが傍にいたら不愉快な気持ちになること請け合…

Yasuo Tanaka / Obscurely, but Crystal

It is said, when this novel was published, it strongly attracted attention. In spite of its unpopularity now, it is still sometimes mentioned as one of postmodern novels in books referring to contemporary literary history in Japan. It’s ea…

田中康夫『なんとなく、クリスタル』

この小説が出た当初はとても注目が集まったようで、今は知っているひとも少なくなってしまったが、現代の文学史について触れた本ではよく見かける一冊でもある。本作はポストモダン小説の興味深い一例として紹介されることが多い。この小説の試みが非常に斬…

Charlotte Bronte / Jane Eyre

This is Charlotte’s major work, needless to mention, adapted for the film in French a year ago (how many times?), which drew attention on the novel itself. Without exception, it is hard to choose a virtue of classical masterpieces to intro…

シャーロット・ブロンテ『ジェイン・エア』

一昨年にフランスで映画化されたことでふたたび脚光を浴びたが(何度目の映画化だろう?)、言わずと知られたシャーロットの代表作である。本作に限らず、古典的名作の美点を取捨選択して紹介するのはとてもむつかしいのだけれど、自分の文学のテーマでもあ…

Haruki Murakami / Norwegian Wood

This novel is more unforgettable than all kinds of other books I ever read. I’m not an ardent fan of Haruki Murakami now, but I still read it once a year as my habit. When I’m about twenty-year-old, it radically changed my thoughts and fee…

村上春樹『ノルウェイの森』

これまで数え切れないほどたくさんの本を読んできたけれど、これほど特別な本は他にない。私はもう村上春樹の熱心な読者ではなくなってしまったが、この一冊だけは、一年に一度は必ず読み返している。十九歳から二十歳になる数日前に読んだ、自分の考え方や…