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ワザリング・ハイツ -annex-

どんなに忙しい毎日でも、紅茶を飲んで、ほっとひと息。

野尻抱影『星三百六十五夜』

文学(Literature)-野尻抱影 文学(Literature) 文学(Literature)-日本文学


小学生の理科でも馴じみが深い夏の大三角形―ベガ、アルタイル、デネブ―は、春の終わりにも東の中空にて観測することができる。デネブはそのうちで最も小さい光を放つ星ではあるが、月明かりの少ない晩には、共にはくちょう座を形作るその周辺の星々と寄り添い、うっすら輝いて見えるのである。これらの星々を線で結ぶと十字の形を成すことから、はくちょう座は“北十字星”の愛称で兼ねてから親しまれ、お月見の晩やクリスマスの夜空を静かな光で飾りつづけてきた。

この北十字星を眺める時いつもふと思い浮かぶのは、地球の裏側にあるもうひとつの十字星、南十字のことである。“南半球の時計星”とも呼ばれるこの星座は、その名の通り、日本では一部の地域を除いて見ることのできない星座のひとつである。そんな南十字星が、実は日本でも名の通った星座としてもちあげられていた時代がある。野尻抱影の次の一節に、どうか耳を傾けて戴きたい。


「かつて南十字の名は全国の寒村僻地の隅々までも鳴りひびいていた。郵便切手にもなれば、戦地ではその名の煙草まで出た。私も幾度となく文にしたので、未知の出征軍人からもよく便りが来て、「ニッパ椰子の小屋の窓から見ました」というのもあったし、星を知っている人は、必ず北の白鳥座と比べて書いて来た。
それが敗戦と同時にぷっつり消えてしまった。無事に南方から帰還した人たちでも口にするのを聞いたことはない。稀に話に出しても、そんな星を見たかしらという顔をしている。」(『星三百六十五夜 夏』より)


日本で南十字星がもてはやされていた事実は、戦時中に南方の戦地へ送りだされた日本兵がいかに多かったかを如実に物語っている。抱影自身も「私にしても時たま、腕白だった甥が南十字星の輝く下で、ガダルカナルの海底に艦ごと沈んだままなのを思い出すことはある」という。日本人にとって南十字星が馴じみの星ではないという事実を思う時、今の私たちが深い悲しみの記憶から遠く離れ、各々の幸せを選びとる自由の中に生きていることが思いだされる。

私たちの知らない時代の人々のうちどれだけのひとたちが、夜空に燦然と輝く北十字星を眺めて、南に在るはずの大切なひとの面影と、彼らの生命を天に刻む南の時計星のことを、想ったのだろうか。

天の川に光輝く北十字星を指差しながら、できるだけ多くのひとたちに、南十字星とその下に眠る人々のことを思いだしてもらいたいと、強く願う。