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ワザリング・ハイツ -annex-

どんなに忙しい毎日でも、紅茶を飲んで、ほっとひと息。

いわさきちひろ『ラブレター』

文学(Literature)-いわさきちひろ 文学(Literature) 雑記(Essay)


「大人というものはどんなに苦労が多くても、自分のほうから人を愛していける人間になることなんだと思います。」いわさきちひろが残した有名な言葉である。本書の中では「大人になること」というエッセイとして収録されている。

長野県安曇野にある「いわさきちひろ美術館」で壁に掲示されていたこのエッセイを読み、とても胸をうたれた。彼女の絵は昔からとても好きだし親しみあるものではあったけれど、なにより彼女は素晴らしい文章を書くのである。この本を買ったのはもちろん、そんな彼女の文章を純粋に深く愉しむためであった。透明な水のように流れてゆく、本当に美しい文章ばかりである。

これはあまり知られていないことだが、いわさきちひろはひどく情熱的な女性である。夫から一週間ほど手紙が来ないだけで「善明は私をすてたのだろうか」と書き、戦争を二度と起こしてはいけないという決意の下、共産党へ入党し、「平和で、豊かで、美しく、可愛いものがほんとうに好きで、そういうものをこわしていこうとする力に限りない憤りを感じます」と憤怒を顕にする。水彩で描かれた、透き通るような、それでいて見る者の心を衝く子供の絵は、すべてこうした土壌の上で創りあげられたものである。彼女は芯の強い女性であり、その個性は絵画の中に色濃く反映されていると言ってよい。

彼女の文章を読んでいつも感じるのは、彼女の絵と同じように、それがシンプルかつ豊かな表現であるということだ。できるだけ簡潔な、短い言葉で、できるだけたくさんのことを伝えようとする気持ちがそこからは窺える。「失敗をかさね、冷汗をかいて、少しずつ、少しずつものがわかりかけてきているのです。」誰もが感じていることに気がつき、それを言葉にすることはとてもむつかしい。それをやってのけるいわさきちひろという?作家?は、自分の経験をきちんと見つめて生きてきたひとなのだろうと思う。

本書では、彼女の生きる姿勢と絵画に対する想い、家族への愛情がふんだんに語られている。いわさきちひろという聡明なひとりの女性の姿がありのままの言葉で綴られた一冊であると言えよう。