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ワザリング・ハイツ -annex-

どんなに忙しい毎日でも、紅茶を飲んで、ほっとひと息。

フランツ・カフカ「掟の門」

文学(Literature) 文学(Literature)-カフカ, フランツ 文学(Literature)-ドイツ文学


カフカは大学時代から大変好きな作家だった。謎好きの私にとってカフカのような作品というのはとても味わい深く、嚙めば嚙むほど味が滲みでてくる重厚な物語はひとつのジャンルに分類されて然るべきではないだろう。『審判』や『城』といった小説は読むのにとても苦労するため、ここでは敢えて短篇を紹介することにしようと思う。

日本語で「掟の門」題されたこの物語は、前述の『審判』の中で教誨師が主人公Kに語って聞かせる寓話をひとつの短篇として抜粋したものである。この挿話の教訓とはいったいどんなものなのか。そのことを考えるだけで、たったこれだけの小さな話がどれほど含みをもつものであるのかがよくわかる。

掟の門に立つ門番へ、入れてくれと男が頼む。それに対し門番は、今はだめだと突っ撥ねる。たとえ彼を圧し退けて中へ入ったとしても、彼よりも更に強い番人がいて、更にまたそれよりも強い番人がいて・・・・・・という具合だと言うのだ。何年も何年も男は門前で待ちつづけ、やがて衰弱してゆく。そして息をひきとる前の対話が次のように展開される。


「誰もが掟を求めているというのに・・・・・・どうして私以外の誰ひとり、中に入れてくれといって来なかったのです?」
・・・・・・
「ほかの誰ひとり、ここには入れない。この門は、おまえひとりのためのものだった。さあ、もうおれは行く。ここを閉めるぞ」(池内紀訳)


意味不明である。いや、正しくは意味不明なのではなく、意味が多すぎて特定できないのである。更に言えば、特定できないようになっている、ということだろうか。なぜ門前で何年も待ったのか、という問いに関しては、これはカフカの顕著な特徴のひとつであると認識できる。いつまで経っても目的の城が見つからない『城』、いつまで経っても裁判がはじまらない『審判』、近づいてくる音だけが聞こえていつまでも敵のもぐらが姿を現さない「巣穴」、走っても走っても城の外に出られない「皇帝の使者」。カフカははじまりと終わりを結ぶ手続きを無限に分割し、真理にたどりつけない人間の苦悩を描こうとする。掟の門から中に入りたいという男の欲求は、その手続きがひき伸ばされることにより、ついに達成されないまま終わることになる。“知ること”が許されない世界である。

よくよく考えてみれば、私たちの生活にもこういうことはたくさんある。なにかをやり遂げる際に、そこへたどりつくまでに重ねなければならない時間と労力がある。そういった含意もこの物語には織り込まれていると言えよう。到達することが困難なものを前にした時私たちの感じることが、この挿話には随所にちりばめられている。