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ワザリング・ハイツ -annex-

どんなに忙しい毎日でも、紅茶を飲んで、ほっとひと息。

銀色夏生『すみわたる夜空のような』

文学(Literature)-銀色夏生 文学(Literature) 文学(Literature)-日本文学


物凄くたくさんの本を出しているひとである。うちにあるのは二冊だけだが、いいのを買ったなあ、と思う。何処かでこのひとのことを書いた時に、私も好きです、と言ってきたひとがいたのも、その密やかな人気ぶりを窺わせる。江國香織の詩のようでもあり、少し文学的にした大宮エリーとでも言おうか。


 「あの夜」

 ことばが集まってきたの
 からだじゅうから
 急に
 そして
 口からでたの

 驚いたのは私よ


「口からでたの」と「驚いたのは私よ」の間の空白の一行。行間を読めとはこのことだ。ここには、私たちが普段なにか強い感情を抱いた時に生まれるほんの少しの間が―それはそれ自体が感情の強さや複雑さを物語っているが―言葉で表すことのできないものとして滲みでている。ただの一瞬だけを切りとった詩でありながらも、その本質をよく捉えた一篇であろう。

次の詩は表題のない、たった三行の会話である。


 「あの子がつまんなそうな顔してたの、気づかなかったの?」
 「え?」
 「だめね」


これは昔から大好きな詩である。いつも何気なくしている会話の中に、こうしてとりだしてみるととても面白い味をもつものがあることにまず驚く。頁の真ん中にぽつんとこの三行が印刷されているので、しかも文庫本の小さい印字だからこそ、まるでポケットからとりだした言葉のようでもある。この「え?」と言ったひとは、なにか他のことに気をとられて、あるいは自分のある決まった考えに囚われていて、だからこそ全然予測していなかった「(そんなことにも)気づかなかったの?」という問いに、まともに応えることすらできない。きっと「あの子」の魅力に惚けてしまったか、自分のことばかり夢中でしゃべっていたか、そんなところだろう。

詩というのは、なるべく少ない言葉で自分の伝えたいことを表現する形式である。できれば自分もそう努めたいとは思う。なぜなら、誰かに伝えたいことというのは、いつでもとてもシンプルだと思うからだ。