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ワザリング・ハイツ -annex-

どんなに忙しい毎日でも、紅茶を飲んで、ほっとひと息。

メアリー・シェリー 『フランケンシュタイン―あるいは現代のプロメテウス』

文学(Literature)-シェリー, メアリー 文学(Literature) 文学(Literature)-イギリス文学


イギリスロマン派の詩人で「詩の擁護」を書いたP・B・シェリーにはメアリー・シェリーという再婚者がいた。彼女が『フランケンシュタイン』の著者だということはあまり知られていないようである。現代においてP・B・シェリーの詩を知っているひとはほとんどいないであろうが、フランケンシュタインと聞いて醜い怪物を連想するひとはかなり多いのではないだろうか。ちなみに、フランケンシュタインは怪物の名前ではなく、怪物を創った博士の名前である。この点についても誤解しているひとは多いと聞く。

この小説においてひとつ重要なのはやはり副題であろう。プロメテウスは天の火を盗んで人間に与えたことからゼウスの怒りを買い、罰せられてしまった神である。無論、この話では、怪物を創りだしたフランケンシュタイン博士ということになるのだろう。化学の発展が著しかった十八世紀以降のイギリスでは、産業革命の影響もあり、これまでの慣習的考えを修正しつつ次第に功利主義的な考え方が台頭してくる。化学の発展は社会に大きな利益をもたらすと共に、人間を文明化する洗練された動力として奨励された。フランケンシュタインもまた、社会の発展を追求した結果として、あの怪物を生みだしたのである。しかしそれは倫理に反する“禁じ手”だったために、彼は大きな罪を背負うこととなる。

人間を創造するのはもはや不可能ではない、とまで言われはじめた現代において、この作品はおそらくふたたび光を浴びることになるであろうが、他にも気になる部分はたくさんある。フランケンシュタインは自ら創りだした怪物に愛着をもつことなく、それが生きはじめたまさにその瞬間から怪物を激しく憎み忌み嫌う。これはおかしな話であるが、もし神が人間を創造したのだとすると、その人間が過酷な運命に陥っても自らの手で救おうとせず、姿すら現さないその態度はまるでフランケンシュタインそのひとのようである。物語はそれ自体がキリスト教的な神への冒涜でもある一方、神への不信感を表明した主題が目立つことも注目に値する。

その他にも、ピクチャレスクをはじめとするゴシック的要素(この小説の自然描写は本当に美しい)や、言語習得の問題など、興味深い主題が多々見られ、この小説の奥深さが感じられる。ロマン派的想像力というよりは、その後に現れるエミリー・ブロンテといった作家の呪術的な想像力を思わせる、力強い筆致が印象深い作品であった。