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ワザリング・ハイツ -annex-

どんなに忙しい毎日でも、紅茶を飲んで、ほっとひと息。

シルヴィア・プラス『ベル・ジャー』

文学(Literature)-プラス, シルヴィア 文学(Literature) 文学(Literature)-アメリカ文学


文学史的な側面から紹介すると、シルヴィア・プラスは詩人であり、一九六九年頃から活躍した現代の作家と言ってよい。夫はイギリスの桂冠詩人テッド・ヒューズである。また彼女はフルブライト奨学金を貰ってケンブリッジに留学するほどの博識でありながら、心の病から脱することのできなかった同情を禁じ得ないひとりの女性でもあった。夫の浮気や生来の内気な性格など理由はいくらでも見つけられそうだが、ともあれ、そういった哀しみは少なくとも彼女の文学の滋養とはなったようである。

彼女の唯一の小説『ベル・ジャー』は女性版『ライ麦畑でつかまえて』(サリンジャー著)と呼ばれるほどアメリカないし世界中で人気を博した。自伝的小説でありながらも、至るところに小説ならではの〝仕掛け〟が施されており、作家としての技量の高さが存分に示されている作品である。

特に興味深いのは、エスターとジョーンの関係であろう。ジョーンをエスターの“altar ego”として捉えることで、プラスが社会における個の問題をかなり深刻に受け止めていた事実が見えてくる。実際に彼女はドストエフスキー作品における「分身」のモチーフ(『分身』、『カラマーゾフの兄弟』などにおける)を取り上げて卒業論文を書いており、また彼女の代表的な詩集のひとつ『湖水を渡って』に収められた“In Plaster”などの詩にはすでに〝分裂した自己〟の主題が提示されている。このことを頭に入れて物語を読むだけでも、エスターの抑圧しようとする自分の中のある部分が、ジョーンに投射されていることが見えてくる。

以上のような解釈はわりと諸方で言及されているものなので、当然あくまでひとつのアプローチの方法に過ぎないことはここであらかじめ断っておきたい。卒業論文でこの作品を扱い、自己分裂の主題を扱った筆者としては、昔を紐解くような懐かしい気持ちでこの作品をこうしたやり方で紹介した次第である。