ワザリング・ハイツ -annex-

どんなに忙しい毎日でも、紅茶を飲んで、ほっとひと息。

アルフレッド・テニスン『イノック・アーデン』


一八五〇年がイギリス文学において重要な年とされているのは、テニスンの『イン・メモリアム』が出版された年だからである。彼の妹と結婚するはずだった親友ハラムの死後、一八年もの間書き続けて完成させた彼を悼む詩集『イン・メモリアム』が評価され、テニソンは桂冠詩人の栄誉に与る。ヴィクトリア女王が聖書の次によく読んだと言われている傑作は「メモリアム・スタンザ」という言葉を生みだしたほど、ヴィクトリア朝文学に多大な影響力を及ぼしたと言ってよい。

本作はトム・ハンクスの映画「キャスト・アウェイ」と酷似しているが、関係については知らない。ともあれ、『イノック・アーデン』で描かれている現実は非常に非ヴィクトリア朝的なものとしても認識されている。その理由はいかの通りである。

イノックとアニー、フィリップという幼なじみの三人は三角関係にあるものの、アニーはイノックを選び、めでたく結婚する。その後イノックは航海中に難破し、命からがら無人島で難を逃れ、十数年後に故郷へと戻る。しかし彼の帰郷間際にアニーはフィリップと再婚を決意し、あたたかな家庭生活をすでに取り戻しているのである。それを見たイノックは、ふたりには何も告げず身を退き・・・・・・というのが大筋である。

イノックが家の窓から中を覗き込んで幸せそうなアニーとフィリップの様子を眼にする場面は痛切である。ここでイノックは、ヴィクトリア朝時代に幸福の理想像として提唱されていた〝家庭的幸福〟を眼にしているのだが、イノックの十年を知っている我々にとって、その光景はあまりにも残酷なものとして映る。テニソンは桂冠詩人として当時のイギリスを肯定するような詩を女王に献上しなくてはならない立場にあった一方、その幸福に与れない人々への目配せを忘れなかったということであろう。

十年生き延びたイノックが遠くに船を見つけ、溢れる希望にうち震える場面は、実は描かれていない。その理由はすべて、最後の最後の数行のためなのである。ここにこの数行があるからこそ、この作品は読む者に深い感動を与えるものであると私は思っている。ぜひ多くのひとに一読して戴きたい作品である。