ワザリング・ハイツ -annex-

どんなに忙しい毎日でも、紅茶を飲んで、ほっとひと息。

田中康夫『なんとなく、クリスタル』


この小説が出た当初はとても注目が集まったようで、今は知っているひとも少なくなってしまったが、現代の文学史について触れた本ではよく見かける一冊でもある。本作はポストモダン小説の興味深い一例として紹介されることが多い。この小説の試みが非常に斬新であったことは、本を開けばすぐに分かる。

まず、右のページに本文、左のページには夥しい数の註釈が並ぶ。この註釈が抜群に面白いので、これだけ読んでいっても充分に楽しめる。いくつかここに引用してみよう。


●テニス同好会 由利とは違って、共学の大学に入れなかった「一流」女子大の生徒さんは、「銘柄」大学の学生さんと一緒に、仲よしテニス同好会で、形ばかりのテニス練習をします。最初は処女のように潔く、後には娼婦のように深くお付き合いをなさいます。

●女の子たちが「キャーッ」といいそうな、私大 女の子が「キャーッ」という大学といえば、当然港区にある大学。

●ベル・コモンズ 青山三丁目の交差点にある、ファッション・ビル。大学一年生の頃には、すごくいいお店ばかり入っていると思ってしまうんです。


この他にも、お店や土地、ブランドなどについての註もある。ファッションや学校、土地といったものはブランド化され、それぞれの名前がいわゆる“name value”としての力を持つ。しかしそういった具体的なものだけでなく、たとえば「女の子たちが「キャーッ」といいそうな、私大」というのも、註釈として採りあげることでひとつの記号となる。私たちはそういった夥しい数の記号に囲まれて生きているのだということが、左ページに列挙された註釈の山を見るとよく分かる。

線が点の集まりであるように、記号の集まりが私たちの生活を形作っていると考えることは確かであろう。しかも私たちが知っているのは、きっとそのうちの一パーセントにも満たない部分でしかないのだから、不思議なものである。