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ワザリング・ハイツ -annex-

どんなに忙しい毎日でも、紅茶を飲んで、ほっとひと息。

『クラナド』を読む 前夜

アニメ(anime) アニメ(anime)-CLANNAD 感想・考察(レビュー) 感想・考察(レビュー)-CLANNAD ノベルゲーム(game)

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PCゲームとして『クラナド』が発売されたのは2004年、そののちに映像化されたアニメ版の第1期・2期はそれぞれ2007年~08年、2008年~2009年に放送された。美少女ゲーム・アニメ(さらにはその他の物語メディア)においてそれまで試みられてきたあらゆる物語文法がどこまでこの作品に詰めこまれているのかを精査するのも本作の"読み"のひとつであろうと思う。私自身はそこまでできるほど体系的にこの分野のコンテンツに触れてきていないので、それは他の有能なファンに譲りたいのだけれど、いずれにせよ、ある種の複合的な主題が『クラナド』の単純明快な筋のうえに展開されていることは事実である。

※便宜上、ここではアニメ版を中心に話を展開する。

いわゆる「ループもの」が便利な物語装置として受け入れられてから現在に至るまでプロッティングは複雑さを極める一方であり、綿密にうたれたすべての布石が見事に回収される芸術は、この分野でとみに需要のあるパターンのひとつとなった。『クラナド』もその例に漏れずループに依拠した作品であるが、その複雑さに囚われずとも楽しむことのできる作品である。むしろ現代の物語としてはどちらかと言えば素直なつくりになっているうえ、一貫した主題に至っては典型的な"家族"ときている。本作は時間軸が重要な考えを占めるため、1期と2期の間にある時間軸の断絶を踏まえる必要もあるが、それはあくまでひとつの読みにすぎず、ただひとつの正しい読みというわけではない。大切なのは、そのような複雑な読みを試みなくとも、作品の重層性を感じとれるという点にある。

本作において最も特徴的なのは、キャラクター個々の挿話がすべて中心主題の家族から展開されていることであろう。1期の前半における風子と琴美、そのほか藤林姉妹と智代、2期の春原や有紀寧、美佐枝さんに至るまで、キャラクターの抱える問題はすべて家族(ここに擬似的な家族を含むことは、1期18話の智代の発言によっても肯定される)に根をはるものであった。様々な家族の喪失と再生が積み重なり、それらひとつひとつが朋也と渚を成長させるとともに、のちのふたりの家族における喪失――渚の死や、朋也と父、あるいは汐の問題――と再生とを予感させる。ゲーム版では個々のキャラクターの挿話を解放しながら光の玉を集め、すべてそろうとアフターへ移行するという手続きであったが、同様の手順を残したまま映像化することで、ゲーム版の物語の濃度が保たれたと言ってよいはずだ。物語がわき道にそれることでむしろ主題の深度が増すという、長篇のお手本のような作品である。

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クラナド』についての種々雑多な解釈をいまさらここで提示するつもりはない。優れ たものは方々で見つかると思うのでぜひ探してみてほしい。どちらかと言うとここでは、物語と向かいあうための切り口や、作品内にまかれたいくつかの要素から展開されうる問題について、自由に触れてみたいと思うのである。それは本作が持つ層のほんの一部でしかないのだけれど、私自身の考えを整理するうえでもひとまずここに記してみたい。

⇒『クラナド』を読む 第一夜 - ワザリング・ハイツ -annex-

 

CLANNAD (ゲーム) - Wikipedia

TBSアニメーション 「CLANNAD」公式ホームページ

TBSアニメーション 「CLANNAD AFTER STORY」公式ホームページ