ワザリング・ハイツ -annex-

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『12の月のイヴ』を読む(感想・レビュー)

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ソレヨリノ前奏詩』はるかルートを講評しようかと思ったけれどなんとなくこちらを先にとりあげることにした。minori作品パターン化の原点はここ。別にいいと思う。どんどんやれ。

むしろ同じ鋳型にちがうもの流しこんで次々と新しいものを作ってみてほしい。それを五年も続ければLiarのようなニッチな需要が出てきそう。作画のほうではもう出てるけど。

それではみずかルートからいきます。ネタバレは常に全開なので足元にはお気をつけて。

 

●人格統合

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おおまかに言えばよくある記憶隔離の話。けれどそこにひとひねりあったのが本作の細々とした気配りの現れでもある。

抱えながらではとても生きていけないほどの出来事があったために、階段から落ちたときに都合よく別の人格が登場、くだんの記憶を保持した人格は奥にひっこみ、ときおり顔を出すものの、だんだんとその時間は短くなってゆく。

ここで面白いと思ったのは、結局元の人格は新たな人格に喰われてしまうこと。主人公が奮起してみずかの元の人格を呼び戻したらただの二番煎じになったところを、どちらの彼女も受けいれようと腹をくくり、そのことでみずかを自立的解決に導いたのは、物語としても現実的にも説得力があった。主人公がもともと好きだったほうの人格が消えることを受けいれざるをえないという、いま話題のアプリ『多重人格彼女』のような切ない話でもある。

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ただ、このみずかの多重人格化には、それによって生みだされる葛藤は描出されるものの、杏鈴との関係をはじめとする周辺の問題にまでは及ばないため、残念ながらそれ以上でもそれ以下でもない。そこのわだかまりは『ソレヨリノ』のはるかルートで昇華すべし。ほかにも『素晴らしき日々』などもすばらしいけれど、少々やりすぎだし、なによりキャラクターが舞台装置化しすぎている。

『イヴ』に話を戻すと、実際の症例としても、元の人格が完全に消えるということはないはずで、みずかのルートも、新たなみずかが元の人格のもつ記憶を併合しはじめるところで閉じられており、将来的にふたつの人格がひとつになる可能性が示唆されている。ただそこには越えられない壁があって、そもそも杏鈴との問題がゆえにオリジナルの人格は後退したのであるから、ここが解決しなければ新しい人格との分裂は解消しえない。その点を踏まえてもはるかルートはよく書けている。とまあやはり嚙ませ犬な記事になってしまった。

 

●付記

杏鈴はあきらかに二三本ねじの吹きとんだキャラクターだった。あまりに非現実的すぎるので俗に言う女の現実的なめんどくささはないものの、なにを言われようと頑なに“兄妹設定”を突き通したり、みずかのかつらをかぶって淡々とセックスするところなどは、困惑を通り越して狂気すら感じた。とりたてて盛りあがるわけでもないが最も気に入っているルートではある。自分でもなぜなのか理由はよくわからない。

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由紀ルートも面白かったが巷ではタイムパラドックスがどうのこうの言われているらしい。ただ『シュタインズ・ゲート』もそうだけれど、タイムパラドックスに陥らずうまく整合性がとれている、ということ自体がすでにタイムパラドックスなのでは・・・・・・などと思わなくもない。そもそも私はそういう見事な伏線の回収みたいなものにあまり興味がない。もちろんそこを差しひいても、死にまくるまゆりの記憶をただひとりもつ岡部の絶望的な反復など、意識の働きに敏感な描写がゆえに物語の深度はかなりあった。

『イヴ』についても同様に、由紀自身が文字通り自分で自分を“生んでいる”あたりとか考えるとぞっとするし、くり返すことの苦悩以上に、由紀の介護生活(!)が生々しくて同時代的だった。エロゲで介護なんてはじめてなのでは?とネタを記事にしたくもなるがぜったいに誰も読まないだろうし書きたくもないので言及するにとどめておく。いずれにせよ、『ef』も然り、minoriのいいところはこういう現実的な生々しさを逃げずに書こうとするあたりにあると個人的には思っている。いくら見事にプロットを組もうとこれがなければただのごみ。描写は読みものの心臓である。