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ワザリング・ハイツ -annex-

どんなに忙しい毎日でも、紅茶を飲んで、ほっとひと息。

『ソレヨリノ前奏詩』都築はるかを読む(感想・レビュー)

感想・考察(レビュー) 感想・考察(レビュー)-ソレヨリノ前奏詩 ノベルゲーム(game)

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永遠ルートもわりと面白かったので満足しているものの、それ以前に大サビへ入る前のはるかルートがよくできすぎていてそこで満足してしまった、というのが本音。明るく気さくな人気者なのに孤独を感じる彼女を見て、facebookに友達が200人や300人いるのにふとした瞬間寂しさを感じるひとたちはきっと共感に目尻が熱くなることだろう。無論、彼女の問題の本質はそんな深度の浅いものではなく、それが主人公の異能“エンパシー”を通じて明らかとなる。

 

●きれいな矛盾

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R.D.Laingの理論よろしく、はるかはいつからかtrue selfを隠してfalse selfに自分の日常を任せるようになった。それはまだ幼い頃、世間知らずなはるかが家にいるときのままの彼女で学校生活を送ったところ、級友たちが誰も話しかけてこなくなったという経験に起因する。そこで彼女は道化を演じるfalse selfをこしらえ、true selfを心の奥に隔離してしまった。さすがに噓吐きの天才は徹底しており、false selfは完全に独立した人格で、true selfの存在はもちろん、記憶すら保持していない人格として成り立っており、ゆえにtrue selfのときに主人公とセックスした記憶をfalse selfは思いだすことができない。ということになっている。

この役割分担のなかでは、みんなにちやほやされながらも孤独を感じているのはtrue selfであり、false selfはそのことをうすうす感じながらもうち消し、true selfに知らず知らずそれを押しつけている。false selfもかなりのやり手だが、true selfはことさらであり、自分が道化役を演じることで周囲に人間関係の不和が起こらないようにするという、裏の目的をもっていたりもする。表情に出さずさとられもせずにひとを手玉にとるはるかのfalse selfの背後には、すべてを計算しつくしているtrue selfがいるというわけだ。

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ただこれだけならばわりとありふれた人気者の孤独にすぎない。同時代的だしいいかもしれないけれどつまらない。はるかルートはここから一歩踏みこんでおり、はるかの高慢な思いこみである“すべてわかる”という考えを、本当にすべてわかる主人公のエンパシーで突き崩すという展開がやってくる。彼女の問題は『12の月のイヴ』におけるみずかのように分断された自己(split self)だけでなく、false selfの虚言癖や、true selfの高慢、自己欺瞞に根があり、主人公はそれらすべてを束ねたはるかという存在そのものを受けいれようと決心する。

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ヒロインをかわいそうな救うべき存在として描く男性的女性像にはもう私は辟易しており、間接的ながらも、こうしてヒロインの負をあぶりだすような作品がどんどん出てきてほしいものだと個人的には思っている。さらにはるかは救われるだけのヒロインではなく、主人公を主体的に救う女性としても描かれており、まただからこそ彼のまやかしや弱みを躊躇なく攻撃する棘としての役割ももつ。物語最後のふたりのやりとりは何度も読み返したくなるような名場面のひとつだった。

こうして孤独を複眼的に描く試みはよそではあまり見られるものではない。小学生の遊び心でおっぱいを肥大化させるメーカーが、シナリオにこれほど繊細なものを組みこんでくるとは、思わず胸が熱くなりそうなうれしい誤算であった。『ef』もゲームで一度やろうかな。

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●付記

はるかのように隙がなく、しかし本当は臆病で救いを求めている人間は多いはずで、本作では主人公がもし異能をもっていなければ彼女の問題は解決しなかっただろうし、それを踏まえると現実的な手段で彼女と向きあう方法はなかったのだろうかと考えてしまう。物語としては面白くなったが、現実的な絶望感は深まった気がする、いわばfictional fallacyとでも呼びたくなる読後感を残す作品でもあった。