ワザリング・ハイツ -annex-

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『ぼくのたいせつなもの』を読む(感想・レビュー)

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知るひとぞ知る隠れた名作であり、かの「エロゲー批評空間」では、データ数は少ないながらも、諸手を挙げて名作とされる伝説のゲームである。こういう作品に出逢うたび、エロゲやめるわけにはいかないな、と思うのは私だけじゃないはず。2004年の作品ながら他作品とは一線を画する豊富な主題にも本当に驚かされる。設定に凝るならこれくらい絶望的で複眼的な主題でやれ、と小手先だけの作家に見せてやりたい、そんな力強い作品である。

※本作は本当に様々な角度から(生命倫理やAI技術、臓器移植と命の起源、不治の病、自己犠牲など)読むことのできる可能性に満ちた作品であり、のちにまた改めてとりあげたい一本でもある。

 

●あらまし

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ぼくのたいせつなもの』は、主人公のあこがれるヒロインが実はアンドロイド(ケミカルと呼ばれる)であり、しかも主人公に臓器を移植するためだけに生かされているという、AIものとしては異色の特徴を持った作品だと言える。人間ではないとわかった途端に友人たちからも疎まれるようになり、さらには主人公岡崎に隷属するよう育ての親から義務づけられるなど、人間以下の扱いを受けるヒロインの冬木。臓器を移植するためだけにつくられた冬木は、移植の適齢期に前後して、次第に心身共に弱体化しまともな生活を送れない状態に陥ってゆく。岡崎もまた、彼女から臓器を提供されなければ、遅かれ早かれ死んでしまうのだという。彼女と共に生きるための方法を模索しながらも結局それはかなわない。家族を顧みずに働いていた父親が、実は岡崎のために大金を積んで冬木をつくらせ、そのために骨身を惜しまず働かざるをえなかったことや、妻を失った悲しみから、どんな非道な手を使ってでも息子を守ろうと決意したことが切々と語られ、冬木自身と父親の望みがかなえられる形で、ほとんど昏睡状態の岡崎に移植手術が行われる。

 

●他者を“受けいれる”こと(他者の自有化)

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生きるために愛するひとの命を奪わなくてはならないという慣習的形式を踏襲しながらも、本作はここに倫理だけなく身体の問題をも織りこんでいる。ケミカルも人間も同じである、という世間が斥ける価値観は、岡崎が冬木を文字通り身体的に受けいれることで暗に肯定されている。人間でない彼女の臓器が人間である岡崎のうちで“生きる”ことは、彼女の生が肯定されたなによりの徴である。

J・L・ナンシーが『侵入者』のなかで自らの心臓移植手術について語ったところによると、他者の臓器を受けいれることで身体には数え切れないほどの不具合が生じ、キャンセルされた免疫がゆえに様々な感染症がひき起こされ、臓器が本当の意味で適応するまでには長い月日がかかるのだという。身体はその機能を脅かす異物を拒絶するよう設計されており、他者の身体はまさにその異物にほかならず、他者の臓器を適合させるためには長い時間をかけた調整が必要となるのである。実際の人間関係に似て、他者とうまく関係を築くというのはとても難しいことなのだ。だからこそ、人間でないと虐げられた冬木の臓器が、まさに人間のそれとして機能し命を生かしているという事実は、彼女の人間としての生の肯定として大きな力をもつと言ってよい。

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他者との身体を交えた行為として、特にこの分野において、まず挙げられるのは性行為であるが、美少女ゲームにおけるセックスは精神的に相手のゆがみを受けいれる行為として物語に組み込まれることが多い。しかしそういった試みとは異なり、文字通り自分が相手の一部になるという、現代ならではのゆがみの肯定が本作にはあると考えてよい。『CROSS†CHANNEL』のような、生きるためにゆがんでしまった人々がどう生きるかについてではなく、他者のゆがみをどう受けいれるかに本作では主眼が置かれており、その答えのひとつとして、他者のゆがみを自分の身体でひき受けるという新たな実践が描かれた。

人体創造による倫理の問題は、19世紀イギリスの作家メアリー・シェリーによる『フランケンシュタイン』が世に出てから文学においても盛んにとりあげられてきた問題であり、現代ではすでに近い未来に訪れるであろう切実な問題となりつつある。本作では、人間から見れば生来のゆがみを身にまとった存在として映るであろうAIが、社会のなかでゆがんでしまった人間の比喩のようにも思われた。

フランケンシュタイン博士も自ら創りだした怪物に愛着をもつことなく、それが生きはじめたまさにその瞬間から怪物を激しく憎み忌み嫌う。こうした類似点も考えてみるととても興味深い。

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≪付記≫

岡崎たちには、あるいは日本には、ケミカルに関する情報が少なかったため冬木を救うことはできなかったが、早い時期から対策をすることでケミカルも人間と同じように生きてゆくことができるらしい。そういった試みが進むアメリカで暗躍する日本人と岡崎がコンタクトをとるくだりがあり、エンディング後には、彼がアメリカでその日本人と共にケミカルの保護活動を推進する未来が描かれる。

また、今回の記事ではあくまでひとつの主題に絞って読みを展開した。私の力不足で、この筆運びではあまり作品の魅力が伝わらなかったかもしれないが、本作は稀に見る傑作だと改めてここで強調しておきたい。今後も幾度か参照することがあるだろうし、前述の通り、本当に幅広く考えるべき主題がまかれているのは、まさに名作のゆえんだと思うのである。