ワザリング・ハイツ -annex-

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『何処へ行くの、あの日』を読む(感想・レビュー)

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呉さんの本気『何処あの』はなかなかの意欲作で、語りのパターン化や島君の明かされない過去や木之下君の想像を絶する気持ち悪さなどは眼につくものの、おおむねすばらしい出来である。殊に“噓の世界”を消してゆく虫喰い現象の仕掛けなんてため息が出るほど。絶望的な現実を消してくれる千尋の暗躍も興味深いが、無数の世界を渡りながらも結局自分の望む世界をひとつも見つけることができずに、肩を落として現実を受けいれる絵麻の心に共振する。そこに至る過程が第三者(兄である主人公)の視点から語られることがまた彼女の深い悲しみを浮き立たせてやまない。

ちなみに物語構造については下記のサイトであらかた分析してくれているので詳述はそちらにゆずる。

Edelblume「何処へ行くの、あの日 ― トゥルーエンドネタばれ感想」

ここでは『ナツユメナギサ』などでも見られた他者の意識に入りこむ主題についてとりあげたい。頭のなかいじってよ沙耶!とはまたちがった主題ですねこれは。

 

●意識侵入のトリック

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あらすじをひと言で説明すれば、様々な未来の可能性を見ることのできる絵麻が、そのなかからひとつの未来を選ぶ話。だからすべてはあくまで“あったかもしれない”未来の話で、それをさも現在進行中の現実であるかのようにプレイヤーは追いかけるという、ここまではよくある類型の筋。ただそこに、話をややこしくする千尋という存在が埋めこまれており、結果的に物語の深度が大変なことになっている。

千尋は様々な可能性の世界において噓の世界を消失させる役割を担う。なにを基準に噓だと判断するかといえば、それは絵麻の意思であり、彼女が望まない世界を千尋が消してゆくというからくりである。その役割を千尋に担わせたのは絵麻であるが、しかしその千尋が逆に絵麻を説得したりするのだから、まるで自分のつくりだしたものから自分が影響を受けるような、精神病理学的主題がここには垣間見える。けれども千尋は絵麻の意識とは独立して存在するひとりの人間であり、それでいて絵麻から存在論的な干渉を受け、一方の千尋は絵麻の精神世界において創造主絵麻と主体的に関わるという、合わせ鏡をのぞきこんだような晦渋に眼がくらむ。

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可能性の世界において登場人物たちはみな絵麻の意識のうちに生きていると言える(しそうでないとも言える)。そのことを知り絵麻に干渉する千尋の行動はメタフィクション的であるし、先に述べた通り、自分の書いた物語に自分で影響を受けるようなそんな閉塞的循環がここにはある。さらには、全世界が絵麻の意識下にあることを絵麻自身も当初は気づいておらず、自覚的なのは千尋ただひとりということもあり、他者意識への侵入はあくまで無意識的なものであることがわかる。無意識に他者の人生を変え、可能性の世界の記憶をデジャブのような痕跡として兄の記憶に残してしまった絵麻の責任は大きく、まさにその代償と言えるかもしれないが、彼女は自分の望む未来を最後まで手に入れることができない。こうした絵麻の世界改変による影響の大きさは兄恭介の視点でもってこれでもかというほど綿密に語られている。

 

●下意識交流の意義

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意識活動を隠喩としてその意味を解析する精神分析にも、布石を回収してつじつまを合わせる読みにもあまり興味はない。ただ『何処あの』から滲みでているのは、人物の本質的な部分にはなにも変化がないということである。多数の絵麻の意識が、これまた多数の恭介やそのほかの友人たちの意識と交流するなかで、みなの気持ちが変わることは決してなく、誰もがなじみの友情関係を大切なものと考えており、それを断ち切る未来を誰も望んだりはしなかった。強いて言えば唯一それを望んだのが絵麻であり、友人よりも恭介との後ろ暗い関係を求め、友人たちが空中分解する選択肢だけを探し求めた。途方もない世界の書きかえを経て、その選択こそが“噓”なのだと気づく物語が『何処あの』という物語である。互いの意識に(意識的もしくは無意識的に)潜りこみ交流を続けた彼らが、決して変わらない言動をくり返し絵麻に見せつづけたからこそ、彼女はその真実に気づくことができたのである。ここには、分裂した自己を統合させることができずにいた少女を、変わらない思いやりで救いだすという、多世界ものだからこそ描くことのできた物語の妙味が感じられる。

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●付記

ほかのヒロインと幸福な結びつきを得られても、それはつまり絵麻の気にいらない未来を意味するので、結局は上書きされてしまう。これはまるで運命がはじめからひとつに決まっているような印象を与えるし、プレイヤー/恭介にいっさいの選択権はなく、絵麻との兄妹エンド以外は用意されていない。多ヒロインとのマルチエンディングに親しんだプレイヤーはこれをかなり皮肉な演出だと捉えるのではなかろうか。少なくとも私はそう感じた。