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ワザリング・ハイツ -annex-

どんなに忙しい毎日でも、紅茶を飲んで、ほっとひと息。

『ef – a tale of memories』を読む/前夜(感想・レビュー)

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物語をもてない少女が物語をもとうとする話。これは千尋だけでなくみやこについても言えることで、どうやら「a tale of memories」の一貫したモチーフのようである。残念ながら個人的に千尋というキャラクターにはなんの魅力も感じなかったが、設定はよかったと思うし、なにより記憶について一歩踏みこんだ捉え方をしている点は大いに評価できる。本日は記憶についてのお話。例によって例のごとくアニメ版で。

 

前向性健忘

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13時間しか記憶がもたない千尋は毎日自分のつけた日記を読むことでそれまでの記憶を保持しつづけている。13時間以内に思い起こせば、その記憶はそこからさらに13時間保持されるという、あまり例を見ない記憶障害なのである。この“思い起こす”というのがとても大切で、記憶に対する本作の姿勢は、ここに淵源があるように思われる。くり返される「忘れたくない想い」は忘れられずに反芻される想いのことであり、火村の繰り言「もう忘れたよ」は忘れられない過去をもつ人間の孤独を浮かびあがらせて、それらすべてが「(忘れないために)何度も思い返す」千尋の行為と響きあう。誰でも忘れられない想いを抱いて生きているものだが、それは千尋にとってみれば単なる皮肉でしかなく、彼女はそんな想いですらも13時間できれいに忘れてしまうのだった。

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ゆえに自分よりも自分のことをよく知る他人が彼女のまわりにはいるのである。過去の自分の物語すらも信じることのできない彼女はただひとつ自分のための物語をもちたいと願い筆を執る。千尋が物語を書こうとするその意味を考えろ、と火村が蓮治に助言するのは、その物語すら信じることができなかったらどうするのか、その重みを本当におまえは受けとめられるのか、と問いかけるためにほかならなかった。

忘れないためにわざわざ思い返さねばならない、その程度の思い出しかもてなかった千尋が、自然と思い返してしまう、忘れたくても忘れられない思い出をもつに至る。そんな過程を追いかけたのが千尋の物語なのだと言える。

 

●「海に住む少女」との接点

sengchang.hatenadiary.com

千尋の物語はシュペルヴィエルの「海に住む少女(L’enfant de la haute mer)」を思い起こさせる。この短篇のなかの少女は、なぜ自分がその島にひとりきりでいるのかどころか、自分の行動のひとつひとつの意味すらもわからない少女である。ときおりさびしげな様子だけれど、彼女は自分の抱く感情がそもそも“さびしさ”かどうかも判別ができず、たとえさびしくても、その感情に気づくことができない。それを教えてくれる人間がいないからである。彼女は言葉を話すが、それもすべて本の引用でしかない。

千尋の書いた物語の少女が結婚について語ったくだりがある。本のなかに書いてあったから、自分の絵のなかの男の子と結婚をしてみた、みんなそうするらしいから、と淡々と語る少女は、結婚や愛情というものを本当の意味では理解できない。「キスしてもいいですよ。私、あなたのことが好きみたいですから。日記にもそう書いてありましたし」と蓮治に告げる千尋はまさに物語の少女そのものである。自分の過去であるのにそれを本当の意味では実感できない。作中で千尋が言及した、鎖に繫がれた羊の比喩は、そんな彼女の境涯を如実に物語るものであった。

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自分の記憶ーー自分そのものとも言える日記の各ページをばらばらにして彼女は学校の屋上から街中にばらまく。精神的な自殺ともとれる彼女の行動に対し蓮治は、街中をかけまわり、ばらばらに散った彼女の記憶を拾い集め、千尋に届ける。分裂した自己のつぎはぎをすべてひとりの千尋として受けとめようというそんな想いが、やがて千尋自身の忘れられない想いとなり、彼女ははじめて13時間という時間が意味をもたない、自分だけの物語を手にする。まるで過去を暗記するように日記を読みふけっていた少女は、過去は記憶するものではなく、日常のなかで自然とよみがえるものであることに気づくのである。

 

●付記

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本作では音羽という街自体も一度失った物語とは別の物語を構築している。震災で壊滅してしまった街は、その後オーストラリアの街をモデルにとり、西欧風の建築を基調とした美しい街へと生まれかわった。これが本作の舞台となる現代の音羽である。そしてほかでもない火村は、過去を断ち切る形で新しい歴史を獲得せんとする街の再生計画に携わったひとりであった。その火村が背負った過去の物語はまた別の機会に改めて扱いたいと思う。

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