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ワザリング・ハイツ -annex-

どんなに忙しい毎日でも、紅茶を飲んで、ほっとひと息。

『たまゆら』を読む 前夜

アニメ(anime) アニメ(anime)-たまゆら 感想・考察(レビュー) 感想・考察(レビュー)-たまゆら

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つい先日に劇場版四篇がすべて終了。五年にわたるシリーズ全篇が完結した。

一番好きなアニメはなにかというべたべたな質問に私は、『たまゆら』だ、となんのためらいもなく答えられてしまう。この作品は私にとって非常に特別な物語であり、本記事はあくまで個人的な雑記としてお読みいただきたい。純粋なレビューではなく作品に目配せしながら書いたエッセイだと思ってもらえればよいかと思います。生きてゆくうえで大切なものに数多く出逢える本当にすばらしい作品だった。

今回は前夜と題して物語全体を大局的に概括してみようと思います。

 

●作品の趣向

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ARIA』からファンタジーをひいた分なにを足したか、という質問に対して、懐かしさだ、と佐藤監督は答えたという。過去を写す写真は懐かしさを喚起するものであり、さらには過去しか写さないのにもかかわらず、記憶より生々しく現在に流れこんでくるものでもある。作中で夏目が触れているような、「ひねりのない」、「撮りたいものがいつもど真ん中にある」、そんな慣習的風合いの作品であるにもかかわらず、その背後にある諸々の情意が余白から滲みだしてくる。どきどきを感じる写真、というかなえ先輩の言葉は、眼に映るものから眼に映らない様々なものが感じられるという楓(ふう)の写真を褒めたものであったが、それがそのまま本作の豊かな表現を言い当てている。

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和歌から受けつがれる日本の“語らない”文化は本作にも現れており、すべてを言葉で言い表そうとするのではなく、写真で切りとり共有することで刻みこもうとする。楓は父親との時間を、父親との具体的な挿話とともに思い起こすのではなく、彼の撮った写真を見ながら記憶のうすれたとりとめのない一場面とともに思いだす。そういった形の定まらないぼんやりとしたものこそが大切で、それをいつまでも残しておけるものが写真であると本作は謳う。

ARIA』の有名な科白「恥ずかしい科白禁止!」はまさにこのためにある。志保美さんやさよみが、眼を閉じたまま楓たちの会話を見守るカットが多いことに、気づいたひともいるのではないだろうか。本当に大切なことは語らず、当人がそのことに気づくまで見守りつづける姿勢が、本作では全篇にわたって貫かれた。これについては後夜にて詳述したい。

 

●大人の視点

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上澄みの部分だけを映した健全な作品を私は嫌う。一見そんな作風であるように見える本作だけれど、どうもちがうという感じがして、すべては丁寧な映像と言葉の語りによるものだろうと考えた。端的に言えば、上澄みだけを見つめていても心の闇が透けて見えるように描かれており、先に述べた通り、これが場面の余白から滲みだしてくるのである。写真を意識した、どの場面を切りとっても画になる工夫された場面の数々から、当該の一場面を構成する眼に映らない事情や感情を自然と感じとることができるのはとても不思議な体験であった。

本作では楓たちをとりまく大人たちが本当にいきいきとしているのだけれど、彼らの抱えるものは決して表立っては描かれず、焦点が当てられるのはあくまで子供たちの成長である。しかし大人たちの会話を聞いていればその背後にあるこれまでの苦悩が手にとるように伝わってくるし、それらすべてに子供たちが気づくわけはないのだけれど、やがて彼女たちが大人になるとき、自分でそのことに気づくことができるのだろうと予感させる。こうした大人と子供のふたつの視点を逃げずに描ききる手腕は本当に見事であった。個人的には、家族がきちんと描かれる作品こそ自分の必要とする物語なのだと改めて実感する契機ともなった。

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●付記

本作を監督した佐藤順一は『わんおふ -one off-』というこれまたマニアックでゆるめのOVAを製作していて大変信頼の置ける製作者なのだが、彼の作品のなかでも『たまゆら』はちょっと群を抜いている。特におじさんたちの魅力については筆舌に尽くしがたい。2期9話はもう必見。次回にじっくりとりあげてみようと思う。

自分にとってあまりに特別な作品ゆえ、ここで紹介するかどうかずいぶん悩んだのだけれど、これをただ“やさしい世界”などと言うだけで逃げるわけにいかないので記事を書くことに決めた。後夜では具体的な回をとりあげながらもう少し書き足してみたいと思う。憧憬の路で楓が父の友人である夏目に逢う2期の9話と、大崎下島へ撮影旅行に出掛ける2期の10話をとりあげるつもりである。

⇒『たまゆら』を読む 後夜 - ワザリング・ハイツ -annex-

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