ワザリング・ハイツ -annex-

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『Narcissu -SIDE 2nd』を読む(感想・レビュー)

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一作目(小説版)についての記事はこちら。

sengchang.hatenadiary.com

『半分の月がのぼる空』とはまたちがった角度から死を通じて生を捉えようとした不治の病もの。死について考えることは生について考えることだと言ったのは西田幾多郎だったか木村敏だったか。間近で看取ったことのあるひとはわかると思うが、死にゆくものの生命力は痛ましいほどたくましく、「死んでしまうんだ」という気持ちではなく「生きているんだ」と強く感じた当時のことをいまでもよく思いだす。不治の病ものに惹かれるのはそういった生きる力強さが切に伝わってくるからなのだろう。

本記事を読むひとなら特に問題ないと思うけれど、ここでとりあげるのは二作目のナルキッソスである。こちらは前作の前日譚にあたるものであり、つまりはさかのぼって語った物語であることを一応先に断っておく。

 

●死ぬための自己確立

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不治の病ものに共通するのは、死ぬために自己確立する、あるいは死ぬことで自己確立するという、壮大なパラドックスである。前作では、セツミが淡路島にたどりつき、そこで自ら命を絶つという目的を達することで、彼女の“唯一のわがまま”がセツミという人間を形作る大切なものとなった。死ぬまでの道程を忠実にたどることで、そのひとらしさと呼べる自己が次第に形成されるさまを浮かびあがらせる物語が、この不治の病ものであると言えるだろう。

過去に経験した7F患者との別れを追想しながら姫子は、あんな悲しい思いを周囲のひとにさせないようにと、親しいひとを遠ざけた生活を送る。けれどセツミに対してはちがう。今度は自分が7F患者となった姫子は、かつての患者と自分の関係をなぞるように、友人としていつでもセツミをそばに置き、当時の自分の立場に立たせようとする。ここでは過去の自分を他者に担わせるという奇妙な代理体験が描かれる。物語の作中人物と自分を重ねあわせることで過去の自分を客観的に顧みる体験と同じく、当時の患者との過去を、自分とセツミの物語から顧みるという、やや複雑な代理体験が展開されているのだ。

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セツミを富士山に連れてゆき、かつての自分が経験した迷いややるせない気持ちを抱くセツミの姿と相対することで、姫子は過去の自分を受けいれるための契機を得た。「7Fの住人は友達をつくってはいけない」というルールを「友達はつくってもいい」というルールに変えようと述べ、最後まで寄りそってくれたセツミのおかげで、同じように最後まで患者に寄りそったという過去の経験に、姫子は自分なりの意義を見出すことができた。姫子はセツミと別れ、7Fで――おそらくは妹のそばで――命をひきとることとなる。

 

●「私とあなた」の協調関係

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本作が見事なのは、姫子のこうした自己確立の物語が、セツミのそれと並列関係にあること、さらには時系列ではあとに位置する前作においてのセツミの決断とも響きあうということである。「あとで効いてくる魔法」と姫子さんが最後に言ったものは、大切なひとたちを思いやって自殺しようとする人間にどう接するべきか悩む体験そのものであり、あるいはこれから死ぬひとを前に、そのひとに寄りそう人間がどう感じるかを――7Fの患者になる前に――心に刻んでおくことでもあった。ここが前作の最後、セツミが淡路島の海に踏みこむ箇所と響きあう部分である。

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あくまで去りゆく者と見守る者の関係に焦点を当て、互いが互いにどう接するべきかを徹底的に追求したのが「ナルキッソス」シリーズだと言える。死をどう迎えるかもそうだけれど、本作ではむしろ“どう生きるか”が主題化され、より丁寧に描かれている印象を受けた。死を間近にしたひとの生はやはり普通ではない。そのひとをとりまく人間関係や機微もまた特別なものとなってしまう。そのなかで崩れてしまった自分を、周囲の手を借りながら、もう一度組みたてなおすのが姫子の物語であった。ホスピスという特殊な環境がゆえ、一般的な道徳観がなんの役にも立たず、あくまで「私とあなた」の間で生まれるものだけを頼りにすべての物事がきれいにはかられるさまは、見ていてとても心地がよかった。このあたりはまた『CARNIVAL』の特殊な環境・関係とはややちがった、特異な世界での協調関係であると言えよう。

さらに、本作で出てきた、いつか自分にも行きたい場所ができるのか、というセツミの問題提起は、のちに阿東とともに淡路島を目指す目標にて解決される。セツミが地図を読みこんでいた理由なども含めて、うしろ向きに布石を置く展開もなかなか興味深かった本作である。

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●付記

片岡さんの相変わらずの安定感。「ここにある数行を書きたいが為に、本編の25000行を書きました。」という彼のコメントには深くうなずいてしまった。物語とはそうあるべきだと私自身も強く思う。本当に大切なことはいつもとても単純なものだ。これは『CLANNAD』で一ノ瀬夫妻が言っていたことでもある。

また、以前にも述べたことだけれど、文法や漢字が間違いだらけの作品であっても、読ませる文章、あるいは読むべき物語というのは存在するし、そういったものに読者が開かれた領域というのはなかなか悪くないと私自身は思っている。むしろそういった作品でも、多くのひとに支持されている理由をこそ、まずはじめに問うべきであろう。

⇒片岡とも『ナルキッソス』 - ワザリング・ハイツ -annex-

⇒『ナルキッソス -スミレ-』を読む(感想・レビュー) - ワザリング・ハイツ -annex-

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