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ワザリング・ハイツ -annex-

どんなに忙しい毎日でも、紅茶を飲んで、ほっとひと息。

『雲のむこう、約束の場所』を読む(感想・レビュー)

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喪失感のお化け新海誠のすぐれた作品のひとつ。さすがにもう新海作品を見て切なくなる歳でもないけれど、これだけ恥ずかしいモチーフをよくぞここまで追求したものだと感心してしまうし、実際の表現そのものも堂に入った秀作ばかりで、国内外ともに評価は高い。

主題としては『ほしのこえ』のほうが明白だが、いろいろな種が埋めこまれている『雲のむこう』のほうを本記事ではとりあげる。新海さんがいま話題なので久々に見返してみたらやはり面白かった。ちなみに『君の名は。』はまだ見ていません。きっちりネタバレはしてあるけれど。

 

●喪失感と距離の主題

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物理ではない、わけでもない。現に本作は物理学についての言及が多々あり、科学的現象と心理的現象が常に併せて語られる。たとえば蝦夷(旧北海道!)に立つ塔は、手が届く場所だけれど制約があってたどりつけない場所であり、また物語における象徴的な意味も併せもち、沢渡佐由理との距離も然り、必ず物理的な距離と心的な距離が複雑に絡みあっているのである。さらにここへ時間の糸を撚りあわせようというのだから頭を抱えたくなってくる。

一世代前(岡部の世代)の物語を浩紀たちの世代が反復する構造や、中断していた時間が三年後にまたふたたび動きだしたり、記憶の消える瞬間を塔到達の瞬間と重ねあわあせて終わり=はじまりを表現したりと、時間についても意匠を凝らした表現が多い。その不連続な時間の流れが塔=佐由理と浩紀・拓也を隔てる“距離”の解消によってやがては一本に結ばれる。なかなか美しい眺めである。時間を超えて心の距離を縮めるという主題もまた新海作品を貫くものであると言えよう。

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ほしのこえ』や『秒速5センチメートル』では、物理的な距離が広がるにつれて心の距離も広がり、むしろ気持ちは次第に漠としたあこがれや喪失感に形を変える。『秒速』も二章、三章においては、明里を失ったことに対してではなく、もっと抽象的な喪失が前景化しており、他者との関わりが世界の見え方を変化させる、関係の主題をもとりこんだ広がりのある問題意識が垣間見える。

一方で喪失感とひと口に言っても新海作品の喪失感をひと言で説明するのはとても難しい。本作では佐由理の大切な気持ちが消えてしまうという喪失が描かれており、最後まで気持ちを伝えることができないという点は同じにしても、『秒速』とその切り口はまったく異なり、消えてしまうことにこそ意味がある、喪失の必然が彼らの成長や新しい関係の萌芽を生みだす物語である。気持ちの喪失は新たな隔たりをもたらすものの、心の距離は近づく。そんな慣習的な主題が別の角度からこうして照らしだされているところは面白い。

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また、セカイ系の文法通り、浩紀たちは佐由理を救うか世界を救うかの二択を迫られるわけだが、一見すると佐由理を救うことで世界も救われたかに見えるものの、作中で塔は人々の忘れかけた憧れや未来を象徴するものとして表現されており、それを消して佐由理ひとりを救ったという物語が、実は塔消滅の背後に隠された本当の物語でもある。塔との距離がゼロになるとき、塔に込められた“憧憬”という、心の距離がもたらす最も遠いものはうち消され、代わりにひと組の男女の心が通いあうという物語なのである。世界の人々の憧憬を代償に手に入れた絆という意味では、彼らは世界を捨てて佐由理を救ったのだと言ってもよい。

 

●付記

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珍しく時流のビッグネームをとりあげてのレビュー。ここまで技術的に突き抜けていると恥ずかしい内容でも見ていて不思議と気持ちがよい。『秒速』のほうも、描かれる切なさに興味がなくても楽しめるだけの要素が充溢しており、新海さんは本当にすぐれたクリエイターなのだとこのたび再確認させられた。

ここで扱われている夢と平行宇宙の話などはそれだけとりだしてもかなり面白い。脳(意識)のネットワークが身体外の物質のネットワークと連結しているだなんて夢のある話ではないか。作中の核である心的現象と物的現象の響きあいがこんなところにも反射して見えるのはなかなか創意に富んだ作品だなと思う。

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