ワザリング・ハイツ -annex-

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精神病理学の読書案内

“自己診断”を目的とした精神病理学についての文献精査をはじめたのが三、四年ほど前のことである。もちろん、心の病をもつひとにとって自己診断はご法度であり、私は全力でその地雷を踏み抜いているわけだが、仕組みや傾向を体系的に理解するというのはなかなかに面白く、いまや自分との付きあい方を考えるうえでも大切な基盤となりつつある。知の遊戯としてではなく、生の繊細な部分とより深く付きあってゆくために、心理学の理論的背景を学びたい方へ、おすすめの文献をいくつかここで紹介してみたい。

 

木村敏『時間と自己』

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木村敏の著作のうち私が最初に手にとった一冊であり、なおかつ一般向けに書かれた新書という体裁もあって、読みやすくまとめてある良作。木村の理論の出発点である「こと」と「もの」のモデルから、ノエシスノエマ、さらには「あいだ」についての洞察と、ひと通り入門できる内容となっている。ひととひととの関係を常に移り変わる形ないものとして柔軟に捉えた、木村の立場がよくわかる一冊である。統合失調症鬱病についての基本的な考え方も丁寧に扱っている。以下の記事で本書からの引用あり。

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木村敏『心の病理を考える』

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『時間と自己』よりあとに書かれた、後期の木村の仕事を中心にまとめあげたもののひとつ。初期・中期の理論はもちろんのこと、ビンスヴァンガーやブランケンブルクヴァイツゼッカーと、木村が影響を受けたドイツ精神病理学の大家の理論を紹介しながら、自身の理論の形成過程を丁寧に追いかける。『時間と自己』が難しいと感じる場合はこちらを手にとるとよいかもしれない。個人的にはテレンバッハの仕事をまとめながら鬱病について解説したくだりがかなり役に立った。以下の記事で本書からの引用あり。

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中井久夫『「伝える」ことと「伝わる」こと』

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会話で用いる言葉のちょっとした特徴や、文ないし文章をつくること、そういった日常的な点から精神病理をほどいてゆく、中井久夫の見事な洞察が興味深い。彼の著作は総じて読みやすいものの、論文や寄稿文だけでなく、講演や対談も含まれているため、読みごたえのある一冊となっている。『「思春期を考える」ことについて』とともにおすすめしたい一冊である。

 

R・D・レイン『引き裂かれた自己』

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表題にもなっているDivided self(分裂した自己)については本書を読めばその肝要が摑めるであろう。様々な分野でとり沙汰されるようになった分裂した自己について、レイン独自のfalse-self systemを中心に、他者との関係性に焦点を当てながら分析している。翻訳がようやく文庫化されたということで、これを機にぜひ一度手にとってほしい一冊である。以下の記事で本書からの引用あり。

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●W・ブランケンブルク『自明性の喪失』

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精神病理を抱えた人間が、他者と関わる際に感じるなんとも言えない不安感を、とても正確に言葉にした患者アンネと、彼女の言葉をとても正確に読みといた医者ブランケンブルクの“対話”の軌跡。最も著名な精神病理学の文献のひとつであり、精神病理が自己と他者との関係の病であることを再確認させてくれる非常に重要な記録である。以下の記事で内容について詳述した。

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●ちょっとした付記

河合隼雄鷲田清一にまで文献精査が及んでいないのは単なる私の怠慢である。そのほかにも、テレンバッハやミンコフスキー、長井真理など、まだまだ読まなければいけない先生方が多くいる。今後も少しずつ気長に読んでいきたい。

この記事を読んでいるひとたちのどれほどが精神病理に自覚的であるかはわからないけれど、誰しもが少なからずそういったものを抱えており、負の心との付きあいを滋養に変えてくれる書物について、私なりにいくつか紹介したつもりである。偏っているとは思うが、少しばかりの指南となれば幸いである。