ワザリング・ハイツ -annex-

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『ナルキッソス -スミレ-』を読む(感想・レビュー)

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ナルキッソス -スミレ-』に見られる人物再登場――ある作品の作中人物を他作品に登場させる手法――は、バルザックディケンズの作品にもある昔から好まれた試みのひとつ。20世紀以降に理論批評が台頭し、metaphysicalという形容詞がクリシェのように使われる時流を待たずして、当然のことながら、すでに間テクスト性はいたる作品で実践されていた。その当時の読者と同じように、別々の作品の人物が交じわるさまを見ると、やはり読者としてわくわくしてしまうものである。

ナルキッソスシリーズは私が最初にプレイしたノベルゲームであり、それゆえ思い入れのほどもひとしおなのだれど、本作もよくまとまったきれいなシナリオであったと言える。短いながらも、人物の心のあやを鋭く捉えており、やりきれない思いを生のままぶつけてくる物語である。どちらかと言えば『ナルキッソス』および『ナルキッソス -SIDE 2nd-』をプレイしたひと向けの作品だと思う。

 

●他者と関係するということ

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「誰か一人でも良いから・・・・・・その人の心の中で、永遠に生き続けたい」というスミレの思いは、前作『すみれ』から渡されたモチーフでもあり、自分の生きた証を残そうとする葛藤の物語こそが、本作の核心である。ゆえに本作でも――『ナルキ 2』の記事でも書いたような――死ぬための自己確立がスミレの最期の日々を彩る。『ナルキ 2』と異なるのは、死んだように生きてきたスミレが変わってゆく姿を見て、あかり自身も同じ「目を閉じた世界」から脱するきっかけを得るところだろうか。スミレが健ちゃんと出逢わずに、学校にも戻ることができず、孤独から救われなかった世界。やはりこちらのほうが現実的で真に迫った物語に感じられる。

スミレが病気になった途端、家族の接し方が変わってしまう。彼女の周囲が微妙に変化する。しかし、兄が変化してふたたびスミレとふれ合おうとするように、死を前にして、自分だけでなく家族もまた“生”について考えはじめた事実にスミレは気がつく。これこそが、前作のセツミが姫子にかけられた、いわゆる「魔法」なのであった。その魔法を今度はスミレが家族やあかりにかけてゆくのである。死を前にした日々のなかで、自分がいつの間にか他者に対して影響を与えていたこと、また自分も他者から影響を受けていたことに対して、彼女が次第に自覚的になるさまは印象的である*。

*ここが『すみれ』においてあかりが健ちゃんや雛姫に接触しようと思いいたった動機と同じである点も興味深い。看護師から心ない言葉をかけられたあかりが、自分も知らぬうちに誰かを傷つけてきたのかもしれないと、過去の記憶や記録を探る過程が『すみれ』では描かれた。

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自分が後悔しないためにスミレにやさしくする、という兄の言葉は、ひとと向きあうことは自分と向きあうことでもあり、純粋に他者の益のみを考えて行動する人間など存在しないことを暗に示すものであった。しかしこうした「わがまま」こそが、セツミも述べたように、自分と他者の心の関係を自然なものへと収めてくれるのである。言うまでもなく、それは病人とその身内の間だけの話ではない。スミレが長く抱えてきた関係の病、その根本的な解決の糸口はまさにここにあるのだと、彼女はあかりと過ごすなかでやがて気がつくのである。

「わがまま」には当人のひととなりが素直に現れる。しかもそれが今際の人間であればなおさらである。スミレという人物の本質的な特質は、鍾乳洞でのひと幕を通じて、あかりのなかに深く刻みこまれる。洞窟のなかの出来事で、スミレは自分が二十年かけて積みあげてきたものが無意味であったことを確認しただけにすぎない。しかし、自分の築いてきたものが粗末であろうとなかろうと、それをほかでもないあかりに見届けてもらうことで、あかりのなかにスミレの二十年が残りつづけるのである。それが彼女の二十年を有意味なものへと反転させる。

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他者のうちに自分を残すというのは、ただ他者にありのままの自分の姿を見せることにほかならず、誰もが常日頃から実践していることなのである。長い時間をかけてそれに気づく物語が、自分の人生の意義を見つけたスミレの最期の日々であった。ここには、他者と関係することの難しさのほかに、無意味なものに小さな意義を見つけようと苦心する、なけなしの心のやるせなさが痛ましいほど滲みでている。

 

●自作品の翻案“Self-adaptation”

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こうしたスミレの物語を「証人」として隣で見守り続けた存在があかりであった。彼女は前作のセツミと同じ、死にゆく者の付き人として、代理体験の影響を大いに受ける存在でもある。あかり自身、スミレと心持ちが似ていることもあり、死んだように生きる日々から脱するスミレをそばで見守り、自らがそうした日々から脱するさまを代理体験する。この物語は『すみれ』のifルートでもある。優花やスミレと出逢ったことで、そして代理体験の日々のおかげで、あかりは健ちゃんと雛姫に接触し、もう一度現実を生きるための糸口を摑もうとする――少なくともそのようにして『すみれ』の物語を読みかえる必要が出てくる。

すなわち、ある意味では、こちらこそがより現実的な意味での『すみれ』あかりルートだと言っても差しつかえはない。さらには、死んだスミレから受けとったものを健ちゃんと雛姫にも伝えてゆくという、本作で付加された動機があかりのもうひとつの背景となり、ふたりに出逢う彼女のルートの意義が大きく変わってくるのである。これはある種の翻案と呼べるものかもしれない。『すみれ』の核であった過去作品との間テクスト性だけでなく、セルフリメイクによって同じルートの別の展開と響きあわせるという、ノベルゲームならではの“narrative”の再定義がここでは行われているのである。

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しかも本作では、『すみれ』のすみれルートと同じく、あかりがスミレの最期の日々をそばで見守ること――つまりは物語を“鑑賞する”役割を担う。言うまでもなく、すみれや健ちゃんが『みずいろ』を鑑賞して自己同一性を確立した手順と、これはまったく同一の手続きなのである。技法をも反復することで、『すみれ』で埒外とされた現実的な視点をうまく織りこみ、『すみれ』で描かれた穏やかな解決とは対称を成すような、あかりとスミレの過酷な現実を描きだしている。まさに『すみれ』ありきの巧みな演出と言ってよいだろう。

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また、冒頭でもふれた人物再登場の意義も大きく、あかりと優花をひき合わせたことが物語の確かな深度を担保したのだとも言える。姫子との経験をセツミが阿東に伝えていったように、優花も姫子との経験をあかりへと渡してゆく。あかりがスミレと過ごした日々は、やがて健ちゃんや雛姫と向きあうあかり自身の力に変わってゆくのであろう。姫子のかけた「魔法」は7Fの住人によって確かに受けつがれてゆくのである。

翻案という技法をとり、同じ「物語内物語」という構造を中心に据え、死のための自己確立というまったく別の主題を効果的に描くための足場とした。短いながらも本作を十全なものと感じるのは、『すみれ』において読者が物語の肝要をすでに共有しているからであり、昨今の時流である「様式美」を逆手にとった巧妙な演出だと評価してよいと思う。

 

●付記

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『ナルキ 2』の記事と比較しても、内容そのものについてはあまり多くを書いていないつもりである。ある意味でナルキッソスシリーズは、当然だけれども、重要な主題をほぼ共有しているからであり、特筆すべき新しい点はあまり見当たらない。しかし大切なのは、同じ主題を角度を変えて何度も語りなおす試みそのものであり、私たちの主題への認識を豊かにしてくれる点にある。前二作をプレイしてから本作に手をつけるべきだ、と冒頭で述べたのは、そんな理由からでもあった。

今回私がプレイしたのは、Steamで公開されている「Narcissu 10th Anniversary Anthology Project」の、DL版『ナルキッソス -スミレ-』である。ここには『ナルキ2』のアフターストーリー「姫子エピローグ」が同梱されており、こちらも併せてプレイした。感想は、言うなれば、評判通りである。心に沁みいるとはまさにこのことであろう。『ナルキ2』をプレイ済みのひとにはぜひおすすめしたい完結篇であった。

今年の夏のどこかで『ナルキッソス0  -ZERO-』をプレイする予定なので、それにて、私の「ナルキッソス」はひとまずしまいとなりそうである。『ナルキ 3』はやる予定なし。

⇒片岡とも『ナルキッソス』 - ワザリング・ハイツ -annex-

⇒『Narcissu -SIDE 2nd』を読む(感想・レビュー) - ワザリング・ハイツ -annex-

⇒『ナルキッソス0』を読む(感想・レビュー) - ワザリング・ハイツ -annex-

⇒『すみれ』を読む(感想・レビュー) - ワザリング・ハイツ -annex-

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