ワザリング・ハイツ -annex-

どんなに忙しい毎日でも、紅茶を飲んで、ほっとひと息。

『天使のいない12月』を読む(感想・レビュー)

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まーた古いものをあさった結果『Crescendo』のような短篇を掘りあてた。エロゲーマーならみな一度はやっているであろう良作のひとつ。2003年の作品ながらCGがとてもよく、しかも各ルートで数時間でできるのは私にとってはほどよい。また物語のまとめ方も大変よく、むだに量を尽くすばかりの冗長なところのない、手際のよい作品だと言える。ここまでシャープにまとめてくるライターはとても珍しく、頼むからほかのライターも少しは見習ってほしいところ。以下は雪緒ルートの講評。*一年以上前に書いたレビュー。プレイ自体はもっと前。単純にあげる時機を逸してしまっただけ。

 

●生きるための疎隔

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『CROSS†CHANNEL』よろしく、生きるためにゆがんだ若者たちが織りなす物語であり、あともう一歩で離人症状が出るであろう重度の疎隔を主題とする。主人公はひとまず措いておくとして、雪緒の離人感覚の根底には強く現実を拒む姿勢がある。離人症患者がしばしば「治りたくない」と主張するように、彼女もまた、実は普通の情緒をとり戻すことを強く拒絶する気持ちをもち、それがいかに解決されるかが本筋の要となった。

雪緒の場合、ペットロストがひとつの要因として語られ、このあたりを安易だと感じたひともいるのかもしれない。しかしながら雪緒の喪失感はあくまでここに端を発したにすぎない――父母が本当にやさしいから彼らがいないと生きていけないと思う気持ちや、大切なひとの喪失には耐えられないという恐怖心。愛犬を失った過去の体験とそういった感情とを紐づけて考えることができるほど、彼女は繊細で賢い少女だったのである。まだまだ途上である十代の少女にとって、幼いころから連れそってきた愛犬を失うという経験は、扱いがたい感情を生みだして然るべきであろうと思う。

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種類のちがう喪失感がないまぜとなって十代の少女を蝕む一方で、そういった事情は作中でほとんど語られることがない。それがむしろ彼女の病の複雑なからがりを暗に示すのだとも言えよう。ノベルゲームでは毎度まいど人物の闇の原因が明確に提示されるものだが、私たちの現実を顧みるとわかるように、実際はそんな単純なものではないのである。これといった特定の原因を突きとめることはできないが、気づけばあと戻りができないところまできてしまったという、誰しも経験のあるような実状がただただリアルに迫ってくる物語であった。

そんな扱いがたい感情をもって生きてゆくためには、あるいは自分の抱えきれないものを背負ってしまった人間は、心を切りはなさざるをえなくなってしまう。化石となった心に反して、身体を通じた感覚だけは彼女に唯一生を感じさせてくれるものであった。このあたりは市川浩が『精神としての身体』のなかで指摘した点でもある。他者とうまく関係することができない、すなわち心の扱いにひどく迷ってしまうとき、「身体的に他者との直接的関係を回復しようとするあがき」が生まれてくる(前掲書「身体の現象学――まえがきにかえて」)。ノベルゲームの界隈では書き尽くされた感もあるが、この点が本作ではあまり深度のあるものとして描かれてはおらず、身体行為から得る感覚が心とどう響きあうのか、その点をより踏みこんで考えてみたい物語でもあった。

 

●価値の反転

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そういった不満点を差しひいても、心中未遂後にふたりから死ぬ選択肢が消えてゆくところは、強く心がゆさぶられてしまうくだりだったように思う。自分の両親や兄弟が、ふたりを失うかもしれないと恐怖にふるえているのを眼にした雪緒は、彼女が最も恐れた喪失の恐怖を自ら他人に与えてしまった自身の罪を自覚し、もう二度と死を選ばないと心に決めて木田を待つ。つまりは雪緒を捕らえてはなさなかった喪失への恐怖が逆に彼女を生にもう一度向かわせるものとなったのである。自分を苦しめていたものが他人の心にも宿るものであるとを知り、それを相対的に眺めなおすとき、自分本位の自殺という選択が自然と消失する。ここにも『ナルキッソス』で見られたような代理体験による自己理解の主題が垣間見えたと言えよう。

 

●付記

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改めてキャプを読みなおすと結構いいことを言っている。青くさいところも含めて良作なのではないかと思う。

忙しいひと向けの短篇集であり、さらっとできて味もあるのでわりとおすすめ。『Crescendo』もそうであったが、むだに長いよりはこうしたすっきりした作品のほうがよっぽどいい。頭を整理するために記事を書き連ねていると、それぞれの作品の主題が響きあっていて面白いと感じる一方、みなの問題意識は意外に近く、要するに同じことで頭を抱えているというのがよくわかる。そこが単純な青少年のそれではなく、総じて生の根幹にある自己存立の問題なのが、エロゲーマーの闇の深さを感じさせてやまない。しかし相も変わらず断続的に不定期に重要な作品を生みだしつづけているなあと思う。

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