ワザリング・ハイツ -annex-

どんなに忙しい毎日でも、紅茶を飲んで、ほっとひと息。

『ノラと皇女と野良猫ハート』を読む(感想・レビュー)

f:id:SengChang:20180108220829p:plain当意即妙なやりとりだけでなく、なにげない科白や独白も、全篇にわたって読ませる言葉で語られていた本作。ゆるいゲームでここまでテキストがすぐれている作品だと『LOVESICK PUPPIES』くらいのものなのではないか。このテキストを読むためだけでも続篇はやる価値がある、と思う。私にしては珍しく、気づいたら全ルート終えていたという、夢中で読んだ物語でもある。明日原や未知のルートも大変読みごたえがあったが、学びの過程とその喜びをたどったパトリシアルートは、やはり自分にとって切実な主題を扱った特別なルートであったと言わざるをえない。

 

●豊かな学びとはなにかf:id:SengChang:20180108220834p:plainノブチナの指摘する「暗いところからは、明るい場所がよく見える」という考えは、冥界の住人であるパトリシアが、地上の人間よりも地上の美点を深く見出すさまをよく言いあらわした言葉であろう。学びの本質をどこまでも純粋に捉えているパトリシアは、書物だけに情熱を注いだ冥界での学びとはちがう、周囲のひととの関わりのうちで知を育む豊かな学びを通して、地上の理に少しずつ近づこうとするのである。

先入観のない、しかし深い知性をもつパトリシアは、私たちが普段からなにげなく素通りするところでおもむろに足を止め、「なぜ」「どうして」をくり返す。ノラやシャチはその問に対しうまく説明できるときもあれば、どう答えればよいか見当がつかないこともあり、周囲の者を巻きこみながら、彼らは自分たちの日常を改めて捉えなおす機会を得る。そして、そんな三人の背中を見ながら、ノラの家に通う子供たちも豊かな学びの一面を眼にして成長してゆくのである――なぜならパトリシアの問は、子供たちの学ぶ初歩的な問題でありながらも、私たちの生活の根幹をなす大きな問題を内にはらんだ問いかけでもあったからだ。f:id:SengChang:20180108220832p:plain

f:id:SengChang:20180108220839p:plain「死の魔法」でつぼみを花にしてみせたパトリシアに、自分は死の魔法を恐れていた、とノラが語る。すると彼女は、つぼみが死に近づくというのは花が咲くことなのだ、と事象を恣意的に捉えなおしてみせるのである。死を呼びこむことの意味を、視点を変えることで“成長”と読みかえてしまう、これは勤勉なパトリシアならではの洞察と言わざるをえない。世の理のバランスを崩す魔法をとり入れた作品でありながら、魔法で事象をゆがめるのではなく、魔法を使って世の理についての理解を深める過程が語られたパトリシアルートは、とても読みごたえのある美しい物語である。

また、個人的に興味深かったのは、音と言葉の関係がいたるところで言及されていた点である。地上の文化に精通していないパトリシアは、たとえば未知の告白を「詠唱」だと勘違いしたり、九九を呪文のように唱えてその意味を捉え損なったりと、言葉の意味よりもまずは音に親しむのである。だからこそと言うべきか、のちに彼女自身が述べたように(性格にはシャチから教わった通り)、言葉の意味を理解するのは音よりあとでもかまわない、音の美しさからその言葉に興味をもつこともあると、言葉の役割が意味の伝達に限らないことを指摘してみせる。f:id:SengChang:20180108220828p:plain

f:id:SengChang:20180108220827p:plainこれは『アマツツミ』でもわずかに言及された問題であったが、パトリシアは地上の言葉を、「この喉の奥から引っ張り出す音に、こんな使い方があるなんて知らなかった」と形容し、「聞いたことのない音を、私は作っている」からこそ、冥界での孤独な学びとはちがう音のゆき交う豊かな学びに、彼女は深い喜びを見出すのであった。言葉がもつ音への着眼だけでなく、それがノラの生活を彩る活気に満ちた人々の交流――パトリシアはそれを「(家が)狭ければ狭いほど、人が行き来して」「声と声が、行き来する」と述べた――を肯定する理解に導くところが、この物語を非凡な物語たらしめているところであろう。『ノラとと』で丹念に描かれた学びの過程は、他作品ではとても味わえない、本作独自の魅力となって物語に華を添えた。f:id:SengChang:20180108220836p:plain

f:id:SengChang:20180108220837p:plain

 

●付記とCG集f:id:SengChang:20180108220831p:plainギャグパートまで読ませるテキストでやってくるものだから、悲喜こもごもとりそろえた、いやはやとんでもない作品である。私だったら確実に90点以上をつける秀作であり、おそらくまた読みなおすこともあるだろうと思う。それにしても学びに対するパトリシアの姿勢は本当に心をうつ。願わくば彼女のように学ぶ喜びを素直に感じる心でありたい。

明日原や未知のルートでは耳が痛くなる言葉が多く、もうやめてくれよ・・・・・・と思いながら読み進めていた。そのあたりも含めて人間関係や生きる姿勢を真に迫るリアリティで描ききった稀な作品であると言える。おりを見て続篇にも手をつけてみたい。f:id:SengChang:20180108220844p:plain
f:id:SengChang:20180108220830p:plainf:id:SengChang:20180108220833p:plainf:id:SengChang:20180108220835p:plainf:id:SengChang:20180108220841p:plain