ワザリング・ハイツ -annex-

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『水月』を読む 前夜(感想・レビュー)

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洞窟に入ったときの「ひた、ひた」という擬音は、間違いなく折口信夫の『死者の書』の冒頭を意識したものであろう。その時点でこちらもそれなりに身構えるもので、続く洞窟や“籠もり”の表象、海洋信仰の提示といった仕掛けの数々を受けて、やっぱりな、という印象をもった。『水月』は予想以上によくできた物語であり、魅力的な主題に溢れた名作である。本作の鍵はいわゆる“依代”であるが、民間伝承の特徴と変遷が非常にうまく描かれているので、まずはその点から整理してみたいと思う。

 

●受継がれるナナミ信仰

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町に累々と受継がれるナナミ信仰の表象はかなり奥が深い。この物語には様々な“ナナミ”が出てくる――牧野那波は然ることながら、町の名前も那波町であり(以前は那波村であったらしい)、さらには町の信仰の対象は那波様/ナナミ様という神様であり、かつて村に生きたナナミという術師がそのモデルであるとされる。ナナミという名前は、名もなき女であった彼女が夫からもらった名前であり、それは夫自身の名「七波」に由来する。ここが町に伝わるナナミ信仰の原点であった。妻としてのナナミと神としてのナナミ、牧野那波、さらには透矢の死んだ母親(彼女の名もナナミである可能性が示唆される)は、本作ではおりにふれて重なりあう存在でもある。同じ「ななみ」に様々な漢字やかなをあて、同じ音が異なる字面であらわされるところは、日本に溢れる同音同訓異字の地名の例を見れば枚挙にいとまがない*。*あえてひとつ例を挙げるならば、「みさき」であろうか。「みさき」と名のつく地名は多いが、「岬は神の依り着く場所であると同時に、神が旅立つ場所でもあった」からこそ、「「ミサキ」という名詞は・・・・・・岬の聖性と合わせ、風・潮流の変化をもたらす危険な場に対する畏怖、それをもたらす神の存在を意識して、「御崎」「御先」と、尊崇の接頭語をもって構成された」(野本寛一『神と自然の景観論』第二章)。具体的な地名の変遷などについては、柳田國男の『地名の研究』などがわかりやすくてよいと思う。当て字の話題は民俗学の文献では必ず出てくる話題だと言える。

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もうひとつ重要な信仰の特徴は「籠もり」である。洞窟の奥にナナミが「籠もる」、あるいは洞窟の奥にマヨイガがある、ということからも、これは『神樹の館』の回でふれた「奥の思想」に関わるのだが、ここではあくまで「籠もり」についてのみふれておきたいと思う。「奥の思想」については下記の記事を参照されたい。

sengchang.hatenadiary.com

前世の語りでは、戦を理由に洞窟の奥でナナミを匿い、のちに祀った歴史が語られた。この洞窟は、天照大神が「籠もった」天岩戸と、神々の母であるイザナミノミコトの伝説が重ねあわされている。透矢の前世の夢で、洞窟内のナナミが腐りはじめ、醜い姿となって追いかけてくる場面は、日本書紀に出てくるイザナギイザナミ伝説そのままであると言えよう。洞窟の奥というのは、たとえば串本の潮岬神社そばにある静之窟(しずかのいわや)のように、日本全国で信仰の対象となってきた場所であるが、のちに神聖を獲得する存在が「籠もる」特徴について、折口信夫は次のように述べた*。*また洞窟は女陰の表象としても有名であり、上記のイザナミノミコトを祀った熊野市の花の窟神社などは、女陰を思わせる大きな岩が信仰の対象となってきた。また洞の暗闇をめぐる「胎内くぐり」は、ひとを生まれ変わらせる再生の意味をもっており、これはすなわち岩=女陰(あるいは子宮)の表象に則った慣例であった。(野本寛一『自然と神の景観論』第二章)。

こういう風に考えてみると、他界からやって来るたまは、単に石や木や竹のようなものの中に宿るのではなく、人自身が、ものの中にはいって、魂をうけて来るのであった。おかしな考えのようであるが、日本人が、最初から、現実に魂を持って来ていると考えたら、こんな話は出来なかったと思われる。すなわち、容れ物があって、たまがよって来る。そうして、人が出来、神が出来る、と考えたのであった。(『古代研究Ⅳ――民俗学篇4』、「霊魂の話」、原文ママ)*

*折口は「たま」と「たましひ」を分けて考えており、「たま」は「いつか「神」という言葉で翻訳せられて来た」と述べる。よってここでは「たま=神」と端的に捉えておきたい。

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よそからやってきた「たま」が神格を帯び、人々の前にあらわれるためには、なにかに「籠もる」という過程が必要であった。これはまさに、人間であったナナミが洞窟に籠もり、そののち神として現代にまで伝えられた逸話そのものであろう*。また洞窟の奥には、世界を動かす力をもった石があり、現代ではこれが涙石として信仰の対象となった。現代では涙石は海岸にある小さな石としてだれにでも手に入るものとなったようだが、もともとはナナミの魂が「籠もった」洞窟の石が涙石のはじまりであり、ここにも古代から変化してきた信仰の轍を見ることができよう。*折口はこうした特徴を捉えた伝承として、かの有名な「かぐや姫」を挙げている。むろん『水月』のなかでも「かぐや姫」については言及されている。

日本の神は国外からやってきた場合が多く、『水月』はその点もうまくとり入れて、ナナミを外国からやってきた存在として描いている。それゆえ、ナナミは海にゆかりのある神としても機能し、花梨の宮代神社の祭事に象徴されるように、神を浜辺に降ろす海洋信仰が現代の那波町にも深く根づいていた。外からやってきた魂が、洞窟に籠もり、石に宿り、神格を獲得して神となるナナミ伝承は、まさに日本の神話的特徴を色濃く映しだしたものだと言えよう。こうしてなにかに「籠もる/宿る」性質が提示されると、やはり依代について考えざるをえなくなるが、この点については後夜であらためて詳述したい。

 

●付記

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野本寛一が指摘したように、環境破壊は信仰の衰退と軌を一にする。「奥」に潜む神秘への畏敬がなくなったからこそ、ひとは森を開拓できたのであり、これは登山が禁忌であった昔の日本からは考えられない変化であろう。「観光地になる場所じゃない。住むための土地として発展させていくしかないだろうに、どうして海やら山々に手をかけるんだ?」とこぼす作中の庄一の言葉はもっともである。町の奥深くに潜む神秘を大切にする子供たちと、神秘を忘れて利便だけを求める開発派の大人たちが、本作において対照的に描かれていたのは注目に値する。以上のような、民俗や伝承の歴史を多分に生かして書かれた『水月』が、物語としてどのような帰結にいたるのか。その点を後夜ではじっくり見てゆきたいと思う。

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