ワザリング・ハイツ -annex-

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『吉野葛・蘆刈』を読む

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抱きあわせの小品として岩波文庫に収録された両作は、同じ「奥」の秘密に分入る昔語りの物語である。『神樹の館』和辻哲郎の記事でとりあげたように、「奥」というのは日本文化において特異な意義をもち、つねに位相の高い場所として表現されてきた。奥の間、奥座敷といった間取りの格のちがいから、社の奥、森の奥といった神格の高い場所にいたるまで、「奥に中心があるという感覚は、日本人がずっともち続けている感覚であるようだ」(樋口忠彦『日本の景観』第二章)。

鎮守の森にしろ、その他の神社・仏閣にしろ、神話的中心は集落のはずれにあるわけです。山があるとしますと、ふもとに神社があり、その奥にほんとうの奥宮がある。・・・・・・日本人の聖なる空間というのは奥にある。これは家屋でもそうです。だんだんと奥へ行くほど価値が高くなる。奥へ通されるということは、丁重なもてなしをうけることになります。(市川浩『〈身〉の構造』Ⅲ)

 

村落構成としては、神社は丘の上、もしくは突きでた台地の上などにあるが、もっと後、山の行き詰まりの場所(「山のおく」)に、「奥宮」が隠れている。「奥宮」への距離は長く、道も曲がりくねっていて、険しい。球界がどこからでも見え、どこからでも行けるヨーロッパと違って、日本では、聖なるものは隠された、到達困難な場所に住んでいるのである。聖なる森(「宮の森」)は「神社」にとって不可欠で、神社はその中にひっそり姿を隠している。(オギュスタン・ベルク『空間の日本文化』Ⅱ)

吉野葛」も「蘆刈」もともに、土地の奥を探求しながら歴史を紐解く語りに併せて、語り手の同伴相手とも言える人間が、自身の家系の過去を語る内省の物語であった。

・・・・・・吉野川に沿い、その源流に向っての「私」の歩みが、吉野という土地の内部にひそむ歴史や古伝説を介し、津村の物語と重なるばかりか、「私」が吉野川の源流をきわめることと、津村が自己の生の源流をきわめることとは密接な内的関係を生じ、構成上不可分に結びつけられるのである。(『吉野葛蘆刈』「解説」)

ここで千葉俊二が言及している通り、両作は史実の探求と自己の探求が重ねあわされた物語であり、特に「蘆刈」はそれらが結晶化された、より物語ることに重きを置いた作品であると言えよう。松岡正剛が「複式夢幻能のみごとな再生」とまで評価した蘆刈』は、時代背景や文化の特性と物語が緊密に紐づいた旧来の小説でありながら、その重要性があらためて感じられる物語である。現代的な小説と併せて「どちらがよりよい」ということはなく、どちらも大きな可能性をもった物語形式であることは、『蘆刈』を読むととてもよくわかる。

また「蘆刈」の魅力はその独特の文体にもあった。語り手は冒頭で水無瀬川あたりの景観をたっぷりと描写するが、それは歴史・地形・気候を盛りこんだ巧みな描写である。

ひがしの方の京都を中心とする山城の平野と西の方の大阪を中心とする摂河泉の平野とがここで狭苦しくちぢめられていてそのあいだをひとすじの大河がながれてゆく。されば京と大阪とは淀川でつながっているけれども気候風土はここを境界にしてはっきりと変る。大阪の人の話をきくと京都に雨が降っていても山崎から西は晴れていることがあり冬など汽車が山崎を過ぎると急に温度の下ることが分るという。そういえばところどころに竹藪の多い村落のけしき、農家の家のたてかた、樹木の風情、土の色など、嵯峨あたりの郊外と似通っていてまだここまでは京都の田舎が延びて来ているという感じがする。(「蘆刈」)

一方で後半の昔語りに入ると、ほとんど読点のないひらがなが中心の文体となり、語りのなかにも女性の独白が多く組込まれることから、女流文学の伝統が見える文体に変化するのである。後半部分の冗長で耽美な文体はまさに谷崎文学の真骨頂と言うべきものであろう。小説は描写が命である。たたみかけるような美しい描写に親しむだけでも、「蘆刈」は読む価値のある作品であった。