ワザリング・ハイツ -annex-

どんなに忙しい毎日でも、紅茶を飲んで、ほっとひと息。

sakuraCafe『storia』を読む

f:id:SengChang:20180503004624j:plain

2018年4月の末、春のM3でリリースされたsakuraCafeの2ndアルバム『storia』は、タイトルにあらわれている通り、とても文学的な色合いの強い作品である。アルバムを聴きながら、なぜこんなにも文学を感じるのだろうと考えていたら、ふと追いかけた詞の一節に大事な特徴が隠されていた。今回はそのことに言及しつつ、sakuraCafeが生みだした名盤『storia』の魅力を探ってみたい。

www.youtube.com

『storia』は、心が崩れるすれちがいの経験から(1. turn around)、憧憬を呼ぶ日常の情景と回顧を挟み(2. 書屋にて/3. 魔法の国のうた)、未来に眼を向ける(4. 蜉蝣の彼方へ/5. 青空の彼方)一連の“storia”が語られるアルバムである。各曲で語られる“お話”が縫合されてひとつの大きな物語を成す、語りに根差したコンセプトアルバムであると言えよう。

アルバム全体を通しての主だった特徴として、次第に具体化されてゆく感情をあらわすための、あるいは具体化された感情を結晶化するための、秩序だった手続きを踏む詞の運びが挙げられる。たとえば2曲目の「書屋にて」は次のようにはじまる。

虚空の中潜む声

耳をすませば音はなく

一頃に聞こえた音を

聴くならば聴くを止むるのみ

 

帰り道の子どもらが

細い路地を駆け抜ける

木の陰に子猫が二匹

目を離せば掻き消えた

 

音は行方知れず

言葉は消え果てる

静寂の遠音

静寂へ帰る

一連目の捨象された言葉からは具体的なイメージが立ちあがってこないものの、語り手の耳をすました音がどこにあるのかは、続く二連目で明白に示されている。ここに展開される場面は、語り手にとって「一頃に聞こえた音」のある場所、すなわち過去の一場面である。だからこそ「耳をすませば音はなく」、鮮明な情景が脳裡に去来してもやはり「音は行方知れず」であり、語り手は静寂のなかにひとりとり残されてしまう。展開される情景は、音のない色褪せた過去の一幕と読めるだけでなく、現在の光景が音もなく語り手の眼に映っていると捉えることもでき、あるいは曲名があらわすように、書店にある書物に描かれた光景と解することもできよう。こうして幾重にも塗り重ねられた情景が互いに働きかけ、五連目にあるような、「懐に舞う言の葉」を成す。

以上のような、とある情景を語る連と抽象を提示する連とが交互に差挟まれる手法は、3曲目「魔法の国のうた」にも同じようにあらわれる。

まだおぼえてる?

子どものときにみえた

不思議な地図と

謎の老人

魔法の鍵の行方を

 

「あなたが大人になっても

わすれてはいけない

ただひとつの夢だけを

追いかける心を」

二連目で語られる言葉は一連目の前提によってより強く心に響く。一連目では「子どものときにみえた」がいまは見えないものが強調され、それらすべてが失われたのち、老人の残した言葉だけがいまも語り手の心のうちに残っていることがわかる。語り手が子供のころに出逢ったその言葉は、大人になった語り手にとって大きな意味をもつようになった。だからこそ五連目では「魔法の言葉忘れたら/不規則なノイズで/目の前のこの町並みが/とおざかってしまう」と語られており、現在の語り手にとって老人の言葉は、いま眼の前に展開する世界や自身の生を捉えるのに不可欠な言葉であることが窺える。遠い過去の言葉をよすがにしなければならないほど、語り手の内省は深く、それは続く5、6曲目でさらに結晶化される。

流れて行く雲間に 光が満ちる

優しいメロディ聴こえる 楽園へと続く道

聞こえなくなった過去の音ではなく、未来から聞こえてくる音に耳をすまし、語り手は未来を意志する心を次第にとり戻してゆく。『storia』というアルバムは、各曲において具体と抽象が互いに働きかけて意味を形づくる展開を見せながら、アルバム全体としても、漠とした語り手の心が曲を追うごとにはっきりとした形をとりはじめる、部分と全体が同形反復を織りなす“storia(物語)”なのである。このような構成は英米詩にとても多く、最初から最後までたたみかけるような言葉の積重ねで、私たちを楽しませてくれる語りの手法であると言えよう。

このように、『storia』は技巧的にもすばらしい作品であり、個々の小さな物語によって結ばれたひとつの物語を、古い童話を思わせる瀟洒な音楽と、抜群にすんだ声で歌いあげたアルバムであった。一作目の『アシアト』も然ることながら、『storia』も紛うことなき名盤であり、私たちの世界を深く彩る美しい作品であった。

▼「BOOTH」での通信販booth.pm

▼『storia』特設サイトsakuracafestoria.tumblr.com

●付記

私は昔からWind Arkのファンで、やなぎなぎをボーカルに迎えた伝説の名盤『さかさませかい』や「風のすむ街」を気が狂うほど聴いている人間であったから、風観ゆらさんの参加サークルをたどったところ、幸運にもこのsakuraCafeに出逢うことができた。アルバム製作に携わった作曲陣営の手腕も驚くべきものだが、彼らの音楽と見事になじむ陽桜里さんの歌声が、作品を唯一無二の味わい深いものにしている。ぜひ知るひとぞ知る名盤として静かに語りつがれてほしい。今回はそのひと役を買うつもりでこうして筆を執った次第である。なんだか『storia』を通してふたたび詩/詞を読む喜びを思いだしたように感じる。