ワザリング・ハイツ -annex-

どんなに忙しい毎日でも、紅茶を飲んで、ほっとひと息。

2018年上半期レビューまとめ

f:id:SengChang:20180609111824p:plain2018年上半期に本サイトで掲載したノベルゲームのレビューをまとめてふり返る記事。各作品の所感を短くまとめて紹介します。各節の終わりに記事へのリンクを貼ってあるので、詳しい作品レビューはそちらで閲覧することができます。それではいってみましょう。

 

●『罪ノ光ランデヴー』補遺

f:id:SengChang:20180609111828p:plain栞という名前を捨て、風香という新たな名前をもって優人の前に現れた姉の物語、風香ルート。過去の自己と現在の自己との融和を目指しながらも、自ら積極的に自己の断絶を迎え入れ、彼女は栞という過去の名前を捨てる決断をするに至った。風香のこうした決断は、優人の姉としてではなく、伴侶としてこの先を歩むという彼女の決意を感じさせるものであり、過去を現在から捉え返す自己確立の実践であった。

sengchang.hatenadiary.com

●『ノラと皇女と野良猫ハート

f:id:SengChang:20180609111830p:plain花が死に近づくとは花が咲くことである――様々な事象を純粋な眼で捉え、物事の本質について鋭い疑問を投げかけるパトリシアは、ノラたちが普段からなにげなく受けとめている身のまわりの出来事を、まるでちがったもののように見せてくれる稀有な存在であった。言葉の本質を音と捉えるパトリシアは、ある感情をあらわすにも様々な音があり、たったひとつの言葉でしかあらわせないということはない、とノラたちに諭す。彼女の言う通り、言葉において音と意味は互いに働きかけるものである。言葉の生成をめぐる問題をここまで豊かに物語る作品は決して多くはない。こうした言葉についての洞察のほか、種々雑多な主題を織込んだすばらしい傑作である。

sengchang.hatenadiary.com

●『神樹の館』後夜

f:id:SengChang:20180609111826p:plain大切なものを奥に置く日本の伝統は、奥の間や奥座敷、鎮守の森といったものにあらわれているが、本作ではそのようにして奥に据えられた神格がひとつの重要な主題となり、日本の神についての切ない物語が語られる。私たちの身近にあったはずの神が、時代の移ろいを経て次第に忘れられてしまい、かつてのだれかの想いとそれを背負う神だけが森の“奥”に残されてしまった。この悲しい怪奇譚は、現代に伝わる神話や伝承の本当の意味を――野本寛一が投げかけたような信仰と環境破壊の一体不二の関係を――省みる機会を与えてくれるものであろう。私たちの想いが生んだ文化の一端である神がいまも奥に息づくことを思いださせてくれる珠玉の名作である。前夜の記事にひき続き、二本目のレビュー。

sengchang.hatenadiary.com

●『SNOW』

f:id:SengChang:20180609111825p:plain『AIR』の試みを問いなおす形で書かれた物語、と言うべきだろうか。前世の罪業を記憶として背負わされ、それを現在の自己と紐づけて生きるのか、それとも切り離して生きるのかを問うた物語であった。過去を正面から受けとめながらも、切り離して生きようと決める『罪デヴ』の風香や『明日君』の明日香も然り、過去の因縁に翻弄されながらも、過去と現在を隔てられたものとして捉え、あくまで“いま”に立脚した自己をうち立てようと苦心する。『AIR』と同じ過程をたどり、しかし対照的な結末に至る物語は、自己の主題をめぐる豊かな問題提起に溢れていた。

sengchang.hatenadiary.com

●『アオイトリ

f:id:SengChang:20180609111822p:plain前作『アマツツミ』と抱きあわせの作品として話題を集めた本作は、前作の完成度もあってか、私自身やや厳しい眼で見てしまった作品でもある。メーテルリンクの古典作品『青い鳥』を下敷きに、特殊と普遍の待遇関係を大きな主題として据えた、“普通”をめぐる物語と言うことができようか。あかりルートについては、結末も含めたすべての展開が皮肉に見えてしまうほど、凡俗な人間が陥る袋小路の思考が冷淡にも滔々と語られており、あかりの鬱屈がひどく心に響いた読者も多かったはずである。

sengchang.hatenadiary.com

●『水月

f:id:SengChang:20180609111823p:plain

現在も根強い人気を誇る本作は、依代を主題にとった信仰についての物語であり、日本ではなじみ深いアニミズムをとり扱った作品であった。『神樹の館』でも展開された奥の文化だけでなく、いかにしてひとつの土地に神と信仰が根をはるのかは、『水月』を読むときれいに理解できてしまうと思う。『神樹の館』よりも、そういった民俗文化についての背景が深く詳述される物語であり、それらが那波の実存の問題に深く関わりをもつ点は圧巻である。時期の関係で「私のノベルゲーム10選」には載せることができなかったが、私が諸手を挙げておすすめしたい格別な一作である。

sengchang.hatenadiary.com

sengchang.hatenadiary.com

●『ONE』

f:id:SengChang:20180609111820p:plainKey作品の基盤をなす、ノベルゲーム界を代表する重要な作品のひとつ。ゲーム性と物語性を併存させたうえで、互いに働きかけて作品の深度を高めるような主意は、いまなお評価されて然るべきであろう。個人的には、永遠の世界をめぐって親しい人間が不気味な他者へと変わる、自他をめぐる哲学の深層を垣間見た作品でもあった。記事のなかでも挙げた、ナラトロジーマジックリアリズムといった言葉からも窺えるように、理論批評を積極的に呼び込むような本作だが、ひとつひとつの言葉にも大変光るものがあり、そのためだけにプレイしてもよいと感じた作品であった。

sengchang.hatenadiary.com

●『水葬銀貨のイストリア』: CG Commentary I / II

f:id:SengChang:20180609111829p:plainCG Commentaryとしては『イストリア』を紹介し、二本の記事を掲載した。『紙の上の魔法使い』に劣らず奥深い物語であり、方々からつつくたびに様々な主題があらわれてくる、まだまだ見当の余地が残された作品のひとつと言えよう。

sengchang.hatenadiary.com

sengchang.hatenadiary.com

●付記

f:id:SengChang:20180609111821p:plainプレイ作品が減ったため総評を書くのが楽であった、というのはともかくとして。

抜群によかった『水月』の衝撃は大きく、まだこんな名作があったのか、とうれしくなった上半期であった。まだまだプレイしなければならない作品は多々あり、いまの時点ではどこまでその課題をクリアできるかはわからないが、じっくり進められればと思っている。下半期は同人作品もいくつか入ってくるのではないかと睨んでおり、少し毛色のちがった作品を載せられるかもしれない。

本サイトを再開して二年以上が経ち、ひとつの節目を迎えて久しいのだけれど、作品ジャンルや記事の種類を少しずつあらためながら、今後も細々と続けてゆければと思っている。ツイッター等でコメントをくださるみなさん、いつも読んでくださる方々、ありがとうございます。下半期もひき続きよろしくごひいき願います。

f:id:SengChang:20180609111827p:plain