ワザリング・ハイツ -annex-

どんなに忙しい毎日でも、紅茶を飲んで、ほっとひと息。

『NHKにようこそ!』を読む(感想・レビュー)

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私はこの作品にアニメで親しんできたのだが、五年くらい前にようやく漫画版を手に入れ、先日はじめて読んでみたらやはり名作だったという話。いろいろな肩書きを方便として使いながら、元気にひきこもっていた時期も長い私にとって、この物語のリアルは見ていてかなり苦しい。本当にごみみたいな人間しか出てこないし、あまりに極端すぎてもはや笑うしかない。しかしどこか自分に似たところがある。おそらく本作に感銘を受けたひとはみなそう思っていることだろう。レビューというよりは作品をなつかしくふり返る記事。

 

●自己崩壊という自己存立の手段

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佐藤のひきこもりの生活からはじまり、次第に岬の役割同一性の問題を広げながら、周囲の人間のなまなましい問題を扱い、大きく展開する物語である。漫画の宿命とも言えるが、『NHK』も扱う主題があまりにも多すぎる。本作の場合はそれが返って作中人物のめちゃくちゃな言動と響きあっていてよい。とにかくありとあらゆるだめ人間が出てくるものの、彼らの抱える問題は私たちが抱える問題そのものであり、それがやや極端に描かれているにすぎない。扱われる問題はすべて身近なものばかりである。

本当になにかを好きになれないからこそ、本当になにかにうち込むこともできない。佐藤はそのことに自分で気がついている。その根幹にあるのは、心を捧げて努力した結果、もし挫折してしまったとき、自分はそこから立ちなおれないだろうという恐怖である。そうした佐藤の恐怖と同じものを抱える人物が、もうひとりのだめ人間、岬である。

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岬の掲げる「プロジェクト」の目的は最後にあかされる。最高の幸福を手に入れたうえで、それを自らの手で捨て去ること――最も苦しい転落を経験することで、その先のどんな苦難をも乗越える強さを身につけることこそが、彼女の本当の目的であった。このあたりの岬の覚悟と極端な姿勢には、右も左もわからない子供が、無我夢中で得体の知れない“強さ”を求める切実さが見える。

しかし大人である佐藤もまた、子供の岬と同じように、“強さ”を求めながらも実際は支離滅裂でどうしようもない生き方しかできずにいる。『NHK』の人物たちは、年齢や経験がなにも解決しない世界に生きる私たちの現実を、これでもかというほどまざまざと見せつけてくる。

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岬の病に対し、筋金入りのひきこもりだった四郎が、それは病気ではなく思考のくせだと告げるくだりがある。「思考のくせ」「心の流れ」という言葉を使い、習慣化した思考のプロセスから心の病をほどいてゆこうとするところがおもしろい。『NHK』の人物はだれもがなにかに依存しており、それはもちろん私たちも同じなのだが、依存対象を通じて自己確立を実現するどころか、逆にその対象が自己を脅かす存在になってしまう。依存関係はつねに、依存対象が変化しないという前提のもとに成立っており、対象に変化が訪れた途端、すべてが崩壊してしまうのである。

かようにして佐藤は自己崩壊をくり返すわけだが、皮肉なことに、この崩壊のくり返しすらも次第に習慣化し、自己崩壊の連続こそがむしろ佐藤の自己を存立させるという、矛盾的自己同一の傾向があらわれはじめる。それゆえ終盤になると、佐藤の行動はすべてが死に向かうものとなり、しかし死にきれない、というくり返しを延々と続けることになる。

「確かに私と会って佐藤君は少し変わった…元気になった

でもそれは勝ち組である事を諦めただけ…

だから今じゃ毎日自分が負け組である事を確認するだけの生活を送っているじゃない!

あんな先の無いゲーム作ってたって誰も幸せにならないのに!!」

(04「トラップにようこそ!」)

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f:id:SengChang:20180725215925p:plain山崎に対してナナコが告げたように、「未知の恐怖よりは知ってる不安の方が安心できるんだ?」という言葉通り、佐藤たちは不安のなかで崩壊をくり返す日常を選びつづける。

佐藤と岬は、自分たちの得たささやかな幸せを手放そうとするものの、結局はそれができず、劇的なやりとりの末に“現状維持”を選びとる。あれほどのやりとりがありながらも最後まで現状維持を貫くところがこの作品の最大の魅力ではないだろうか。アニメでの山崎の言葉――ドラマには起承転結があるけれど、自分たちの日常はただいつまでもうすらぼんやりとした不安に満たされているだけだ、というひと言は、まさにこの作品の核心をあらわす言葉であろう。

 

●付記

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生田駅は近いので岬ちゃんの待つ公園にはいつでも行ける。

小説版は未読。アニメ版オリジナルの名場面はかなりあったが、やはりみなが諸手を挙げて褒め称える自殺オフ救出時と、帰郷する山崎に佐藤が叫ぶ、「負けて帰るわけじゃないだろ」のくだりは、本当によい場面である。いまあらためて見直すと、やはりアニメはいいものだ、とやや失いかけていた熱を呼び覚ましてくれるような作品だった。

漫画版とアニメ版はやはり大きくちがうし、それぞれのよさがあると思うので、甲乙つけることにあまり意味はないと思う。ただ、どうしようもないという意味では、漫画版が極めていると言わざるをえない。どんなにあがいても私はたぶんここまで堕ちることはできそうにない。そういう自分の中途半端な具合を再認識したという意味でも、なかなかに胸の締めつけられる作品だと言えようか。

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