ワザリング・ハイツ -annex-

どんなに忙しい毎日でも、紅茶を飲んで、ほっとひと息。

『GUNSLINGER GIRL』を読む(感想・レビュー)

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すばらしい物語というのは世の中にいくらでもあるけれど、自分にとって特別な物語というのは実はとても少ない。ここ数年で読んだ物語のうち、本作は最も衝撃が大きかった物語だと言える。とてもよい読書体験であった。これから先、おりにふれて再読をくり返し、あるいは数年経ってふと読み返したときに、きっといまとはちがった印象を抱くのであろう。多種多様な主題に本当の意味で分入るのはまだまだ先になりそうで、今後も長い付きあいになりそうな作品である。

 

●美しい矛盾の主題

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条件づけで形づくられた感情も、条件づけの影響を受けない感情も、さらには義体となる以前の自分の感情も、どれも自分のものであるという包括的な自己の把捉、すなわち『紙まほ』でも描かれたような、不断の自己の獲得が本作の中心主題である。他者との関係から生まれる感情はすべて自分のものだという、自己の本質的な特徴に着眼し、孤独な義体が他者との関わりのうちに自らを位置づける過程が丁寧に描かれる。条件づけを方便として、自分の感情を他者のせいにするのではなく、むしろ他者と関わりをもった結果として受けとめ、少女たちは現在を生きる確かな自己を獲得してゆく。

その根幹を成すのが、義体が生みだされた理由、つまりは戦うことである。常日頃から少女たちは、ひとを殺しながらも大切なひとの命は尊ぶという、正義がはらむ大きな矛盾にはいっさいの疑問をもたない。自分が戦う相手や組織に対してはなんの関心も示さずに、義体はただ担当官のために戦うのみである。しかしながら、次第に少女たちの心意は変化し、単に命令に従い武器をとるのではなく、だれかのために武器をとる選択の結果として、彼女たちのなかで戦う意味が問いなおされてゆく。こうして少女たちの戦いは、身体を行使するだけの無味乾燥な行為から、血の通った愛情をあらわす行為へと変わり、彼女たちは担当官への愛情ゆえに、自らの死を強く意識するようになってゆく。

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だれかのために戦うことを望みながらも、それが自身の身体を傷つけ寿命を縮める行為であるという二律背反こそが、義体という人造人間の限界を象徴する。それゆえトリエラの、生きるために戦う、という言葉は、悲しいほど矛盾した決意であると言わざるをえない。人間性を獲得して感情豊かになること――すなわち“知情意”を獲得することにより、少女たちは自分が不幸な存在であることに気づきはじめる。これは『フランケンシュタイン』でも提出された、知の矛盾の主題であった。義体は長く生きれば生きるほど、近い過去のことを忘れ、義体になる以前の遠い過去のことを思いだし、現在から過去へと逆行する時間にとり込まれてしまう。時を経て人格が統合されてゆくにつれて、記憶にほころびが出て、次第に自己崩壊がはじまるという生の矛盾が、彼女たちの抱える最大の地獄なのである。

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少女たちは戦いのために生みだされた存在であり、担当官のために生きることにだけ固執する。彼女たちの役割同一性の強い志向と、それを生みだす社会福祉公社という組織は、まさに日本社会の息苦しさそのものであり、決して他人ごととは言えない。組織の人間や義体の抱く正義や大義名分も然り、義体の自己同一性などもまた矛盾だらけである。しかしながら、私たちはすでにそうした矛盾を矛盾のまま受入れて生きており、その良し悪しを問うことはとても難しい――なぜなら私たちは、この社会の息苦しさと、そこに生きる人々の矛盾に満ちた姿が、時に生みだす美しさをよく知っているからである。使い古された物語モデルと主題を扱いながらも、ここまで強い求心力をもった作品は、ほかに類を見ないであろう。

 

●付記とその他の主題

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戦いのための道具であるという理由で、少女たちは人間ではなく物としての扱いを受ける。しかしその一方で、自分の担当の義体だけは“少女”として扱い、ほかの義体を平気で前線に送っては、盾として使う人間がいる。こうした担当官の矛盾した倫理観は、ひとのふりかざす倫理がいかにいい加減なものであるか、また感情的なものであるかをよく物語っている。全篇を通して問題となる自分本意な倫理観は、純粋な人間でない義体を果たして人間の倫理観で捉えてよいのかという、『エルフェンリート』でも問題となった主題を前景化する。そのほかにも、眼をひく主題は挙げれば切りがないのだけれど、いまはまだまとめる時ではないと感じるので、もう少し寝かせておきたいと思う。

f:id:SengChang:20180819172015p:plainそれにしても 久しぶりに漫画の底力を思い知った。小説でもできることを漫画でやってもしようがないし、ノベルゲームのオリジナリティを小説で表現ができないように、それぞれの媒体でしかできない表現を通じて、うまく物語を表現できた作品は本当に力強い。私自身は、サブカルチャーの時流を象徴した作品として『ガンスリ』を「批評」することになんの意味も見出だせないが、そういう心意気をもち込みたくなる気持ちはわかる。裏社会の文脈をとり払ってしまっても、この物語のはらむ豊富な主題の淵源は消えることがないであろう。

ちょびっツ』や『最終兵器彼女』でも描かれたような、ゼロ年代の時流である「君と僕」の閉塞的関係はわりと好きなので、ヘンリエッタとジョゼ、トリエラとヒルシャー、アンジェとマルコーの決意には心がゆさぶられる。本作のよかったところは、こうした閉塞的関係がほかの人間に大きな余波を与えるところにあり、彼らの“心中”を見て周囲の人間が自らの生を捉えなおすさまはとても美しい。だからこそ、ラバロを失い、さらにはその記憶を失ったあとも、彼の足跡をたどるように日常を送りつづけるクラエスがまぶしく見える。クラエスの挿話はどれも本当にすばらしかった。

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