ワザリング・ハイツ -annex-

どんなに忙しい毎日でも、紅茶を飲んで、ほっとひと息。

『TARI TARI』を読む(感想・レビュー)

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本当に細かいところまでつくり込んであることにため息がもれる。私的アニメランキングをつくったとしたら確実に五本の指に入る名作。人生で大切なことは全部ここに描かれている。なにかをつくりあげること、なにかと真剣に向きあうことを、 “生きること”といかにおりあわせるのかは、だれにとっても難しいテーマだと思うが、本作ではそのことを前向きに捉えており、とても勇気づけられる。

 

●割切らない想いの物語

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自ら捨ててしまったものとふたたび向きあう和奏の物語。彼女が捨ててしまったものを、まわりの大人たちが拾い、もう一度和奏のもとに届けてくれる。それがコンドルクインズから渡された母まひるの手紙であり、父が大事にもっていた母の楽譜であり、母との思い出のキーホルダー、そして処分しようとしたピアノであった。和奏が紗羽に送った「あきらめなくてもいいことまであきらめたくない」という言葉は、母の死によって音楽を捨てようとしたことを後悔する、自分自身に向けた言葉でもあったろう。

約束を守れなかったことを後悔する和奏に対し、約束が叶わなかったことでむしろそのひとのことを思いだす、と来夏は口にする。周囲のひとたちによって、和奏は過去を次々と捉え返し、やがて最も大切な音楽を見つめなおすきっかけを得る――父が和奏に語ったのは、自分を相手の心のなかに残すため、一緒に歌をつくりたいというまひるの想いであった。悲しい別れの歌ではなく、いつまでも娘に寄添ってくれる歌を、まひるは和奏とともにつくりたかった。叶わなかったこの約束を、和奏は様々なひとの力を借りながら実現するに至った。

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そして和奏が曲をつくることで得た答えが、今度は直子の音楽を見つめなおすきっかけを生みだし、大人が子供に学ぶ美しい循環を生みだしてゆく。『TARI TARI』は子供と大人の対話の物語であり、互いに働きかけながら想いを学び、育む瞬間に満ちている。和奏の父は、本作で最も印象的な人物のひとりだが、大人が子供を見守る視点や、子供の姿を通して大人がなにかをとり戻すさまが、豊かに描かれていて大変よい。

やるとかやめるとかじゃない、音楽はやめられないのだと言うコンドルクインズ。やろうと思っているうちはただの作業、音楽は心の奥から自然に溢れでてくるものだと言う直子。どちらもまひるの語った言葉なのだという。ひとはしばしばなにかをひとつに決めて生きているが、音楽はそういったものではなく、心から溢れでてつねに私たちをとり巻き、はじまりも終わりもない、割切る必要のないものである――むろん、それは音楽に限らない。だれにとっても「やめる、やめない」の問題ではない、離れられない大切なものというのはあるのではないか。時間をかけて大切なものを育みつづける尊さは、この物語が語る最も美しい真実のひとつであろう。

 

●付記

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どれだけ細かくつくり込んであるのかはこの記事を見ればわかるのであえて詳述はしない。

「貫かれる「2」…『TARI TARI』5話・6話で満ち足りた理由と『TARI TARI』論」『ひまわりのむく頃に』

rui-r.at.webry.info

TARI TARI』は“読み”を必要とする物語ではなく、本来であればここでとりあげる必要もないのだが、自分にとっては特別な作品のひとつであるため、やはりなにか残しておこうと思ってこのたび筆を執った。この物語を子供が観て、なにをどこまで感じるのかは私にはわからないけれど、大人だからこそ感じる魅力が本作にはあったように思う。大人になってからでないとわからないことや、時間が経ってからでないと得心しないことは多く、どうやってそれを子供たちに伝えるのかは、私たち大人が真剣に考えるべき課題であろう。

また、私にとってのやめられないものは文学であり、本作における“音楽”を、私はすべて“文学”に置きかえて鑑賞した。

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