ワザリング・ハイツ -annex-

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『フランケンシュタイン』ノート

f:id:SengChang:20190510150206j:plain半年近く放置していた『フランケンシュタイン』のノート。自分を戒める意味でもここに載せておこうと思う。形になりはじめた自分の文学がふたたび形を変えるのに大きな役割を果たしてくれた本作。自分の問題意識にここまで寄りそう物語はそう多くはない。

 

《自然について》

人間が自然をつくりだせる時代に近づくにつれ、この作品はどんどんリアリズムに近づく。

・受身としての自然の受容=ロマン派に対し、自ら自然をつくりだしてしまうフランケンシュタインの脱ロマン派的姿勢。変わらない自然に包まれるワーズワース的な自然観から、積極的に働きかけて自然を変革する姿勢へ。また自然(生命)を人間が人工的につくりだしてしまうことで、その神聖さが失われてしまう。

・自然: 自然を崇拝するフランケンは、自然からつくられた存在である怪物を憎む。人工的な自然、自然を再現するという主題。

あるいはワーズワース的な慰撫する不変の自然とコウルリッジの破壊的な自然の対照。さらに自然科学とクラーヴァルに象徴される文学的自然。

 

《知について》

高貴な男に学識がなかったことが強調される。学識と徳が比例しないことを前もって提示している。

・不幸を導く学問:最初は命を救う目的ではじめたものであった。知を獲得するごとに深まってゆく不幸。これはフランケンも怪物も同じ。※ウォールトンの偏った教育と野心。開拓心。世の神秘を追求する心意気。

世界の秘密をあきらかにする、とウォールトンは述べ、ここから知によって家族や自分の自己同一性が崩壊してゆく(知が自己を確立したにもかかわらず←絶対矛盾的自己同一性)。

 

《絶対矛盾的自己同一について》

・正しくて一貫したものが正義、正確さが最重要である自然科学を追求しているにもかかわらず、矛盾した存在であるヴィクター。

・主語的自己を包摂する述語的在り方としての自己。※またゴシック特有の分身のテーマも見える。

 

《正義について》

・報復:同じ苦しみを味わわせること。人間と同じ手順を踏むが、人間のそれは正当化され、怪物のは悪。善行でさえ悪ととられる始末。この矛盾と徳の空虚さ。だれにとっての善なのか、倫理なのかという問。※人間でないものを人間の倫理で裁くというエルフェンリートでもあった矛盾。

・不条理:怪物の境涯やジュスティーヌたちが陥った運命など。善と悪の両義性。醜さという問題もここに入る。外見の醜さだけで道徳や倫理が転覆される不条理。